integral:三浦綾子資料室

作家・三浦綾子に関する研究をするブログ。※予告なしに記事の修正削除およびURLの変更を行います。

12/クリスマス:病室に竹内厚牧師を招いて集会を行う(1951年)

 

 

 


1951(昭和26)年 29歳

病室に竹内厚牧師を招いて集会を行う


12月、クリスマス、病室に竹内厚牧師(正が所属する日本キリスト教会旭川教会の牧師)を招いて集会を開く。これがきっかけで翌年から定期集会を開くことになり、讃美歌の練習も始める。


1954(昭和29)年 32歳


たった一人のクリスマス


12月クリスマス、母に頼んでベッドのそばに椅子を置いてもらい、イエスの座る場所にし、書見器に療友たちの写真を飾り、たった一人で聖書を読み、祈って過ごす。


1955(昭和30)年 33歳

 

 秋の終わりごろから発熱し、病状の悪化し、面会謝絶の状態のままクリスマスを迎える。その間、幾度か訪れた光世は、玄関先で病状を尋ね、見舞いの金と手紙をことづけて帰ったり、部屋に通されてもほんの短い時間、聖書を語り、讃美歌を歌い、短歌の話などをしたあと、祈って帰ったりというふうに、病状を気づかう見舞いの仕方であった。

 

光世から万年筆をもらう

12月クリスマス、光世から使いかけの万年筆をプレゼントされる。


1960(昭和35)年 38歳

光世と二人でトラクトを配る


12月クリスマス、二人でトラクトを配ろうと綾子が言い出して、配る。

 

「今年のわが家の十大ニュース」

このことは、12月末に「今年のわが家の十大ニュース」として光世は『妻と共に生きる』の中で以下のように記している。

1、登別までの旅行
2、沼崎病院入院
3、新富町ピクニック
4、掲示板
5、聖書輪読会
6、木村美和子姉来旭
7、温根湯(おんねゆ)へ旅行
8、滝上へ旅行
9、新築予定
10、クリスマスにトラクト配り

 

2007(平成19)年

三浦家で最後の「子どもクリスマス」開催


この年、48年間にわたり毎年三浦家で行っていたこどもクリスマスの実施が最後となる。綾子がなくなり、光世も高齢になったため。のち、2012年12月16日、三浦綾子記念文学館主催で「こどもクリスマス」が復活する。