integral:三浦綾子資料室

作家・三浦綾子に関する研究をするブログ。※予告なしに記事の修正削除およびURLの変更を行います。

9/26:洞爺丸事故(1954年)

1954(昭和29)年 32歳
9月26日(日)、洞爺丸事故。青函航路で台風第15号により国鉄の青函連絡船洞爺丸が沈没するという海難事故が起きる。死者・行方不明者あわせて1155人に及ぶ日本海難史上最大の惨事となった。綾子は後年『氷点』を新聞連載する際に、応募原稿にはなかったこの事件のことを光世の提案により作中で書くことになる。

1965(昭和40)年 43歳
9月26日、『氷点』脱稿。


1971(昭和46)年 49歳
9月26日、「小説と私」北九州市門司教会にて講演。


1986(昭和61)年 64歳
9月26日、講演「なくてはならぬもの」旭川市公会堂、旭川市民聖書講座。(『永遠のことば』所収)


1989(昭和64・平成元)年 67歳
9月26日、「録音風景」「居間にて」の様子が近藤多美子によって撮影される。(『遥かなる三浦綾子』所収)


1992(平成4)年 70歳
9月26日、三浦綾子小説碑(『石の森』より)網走管内生田原町、オホーツク文学碑公園に建立。


『氷点』:
昭和29年9月26日(日) 洞爺丸事故。洞爺丸に乗船した啓造は、事故に遭遇したものの無事だった。

 

『続氷点』:
・「九月二十六日こそ、啓造にとって生涯忘れることのできない、洞爺丸遭難の日であった」(たそがれ)