integral:三浦綾子資料室

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佐々林家

『積木の箱』に登場する一家。
佐々林一郎にとっては「あの家は、魔窟のようだ!」と思われる場所。

 佐々林家は、街の真ん中の常盤公園の裏にあった。公園の中を突っ切っていくと、高いポプラ並木がある。並木の沿って小川のように長い「白鳥の池」があった。その池にかかった小さな木橋を渡ると、すぐに、新町と呼ばれる住宅街がある。この新町の一画に、千坪程の佐々林家の屋敷があった。
 低いブロックの塀越しに、ゴルフ場のような青い芝生が見え、その向うに、白樺や、桜の木に囲まれた、どっしりとした二階建の洋館があった。グレイの壁の色が、周囲の木の緑に落ち着いた調和を見せていた。窓々には、細い指で持ちあげることのできないような、黄金色の重いカーテンが垂れこめ、それが如何にも外界とその家とを隔絶しているような印象を与えた。
 赤い厚いじゅうたんを敷いた広い廊下、そして、ひとつひとつの部屋は鍵のついたドアで閉ざされ、家の中はいつもホテルのようにひっそりとしている。(鍵)

家の中は、「どの部屋にも鍵のある個室からなっている」。「廊下も階段も厚いじゅうたんが敷いてあって、足音も響かない」。「玄関に入ると、左手の廊下を曲がって、階段を上がって」二階に一郎とみどりの部屋がある。一郎の部屋の隣りが翠の部屋である。(鍵)

1階には食堂があり、食堂の斜め向かいがお手伝いの部屋である。(鍵)
母の部屋と奈美恵の部屋の間に豪一の部屋がある。(鍵)
家庭訪問の際、悠二は応接室に通された。「広々とした応接室には、石庭を模した一隅があって、洋間だが和風の趣があった。こんな凝った部屋は、杉浦悠二は嫌いである」。(曇り日)

家族の様子は次のように記される。

「佐々林家には、いつのころからか、一家団欒という慣習が失われていた。六年前、旭川にくるまでは、それでも夕食だけは、一家そろって食べることが、週に一度や二度はあった。だが札幌からこの旭川に移って以来、パッタリとそんなことさえなくなった」。「一家そろって夕食に顔をあわせるというのは、二カ月か三カ月に一度もあるかないかであった。それは、鍵のある個室を銘々が持つことによって、もたらされたもののように思われた」。(鍵)この習慣については、悠二が家庭訪問に行った際にも「ええ、この家は朝も晩も、みんなそろって食事をするという習慣がございませんの」と奈美恵が「にっこりと笑った」上で語る。(くもり日)

みどりは、一郎に佐々林家について次のように語る。「そうね。申し分のない家じゃないの。おとうさんやおかあさんは、外にばかり出ているけれど、別に仲が悪いというわけじゃないし、奈美恵ねえさんはちょっとばかりルーズな所もあるけれど、二十八の未婚の女性としては、ヒステリッ気はないでしょ。あたしだって、パリパリしてるようでも結構根はやさしいし、あんただって非行少年というわけではなし……。それにお金はあちこちにたっぷり寄付するほどあるわけだし、これで文句を言ったら、申し訳がないというものよ」(暗い部屋)

「旭川に新しく家を立て、各部屋を個室に設計したのも、トキの発案であった」(木洩れ陽)が、これは12年前、妻妾同居という事態になったためである。

「鉄柵」の章で、和夫は一郎に書いてもらった地図をたよりに佐々林家を訪問する。「白鳥の池を渡って公園を出た所に、広い大きな屋根があった。ブロックの塀をまわし、鉄柵の門がある」。「和夫は門にはめこまれた白い標札を見あげた。草書で書いた佐々林という字が和夫には詠めなかった」。「和夫は、鉄柵の門扉につかまって、ゴルフ場のような広々とした芝生の庭をみた。その向うに見える大きな家が、童話のお城のように立派に見える」。和夫は「ステキだなあ。天国みたいだなあ」と「うっとりして、青い芝生と、大きな建物に見ほれていた」。(鉄柵)

冬休み、家庭訪問に訪れた時の印象を悠二は次のように感じる。

 自分が想像しているよりも、もと佐々林家の人たちは、蝕まれているのではないかと思った。奈美恵という存在が、家族の一人一人を傷つけ、さらにお互いにその傷を広げあっているような気がする。こんな中に自分が飛びこんでみてもどうしようもないのだと思った。(発車)

 佐々林家では「お互いの部屋は不可侵という不文律がいつの間にか成り立っていた」。(動く壁)

 「ソファ」の章で、一郎は奈美恵が豪一の部屋に行くかどうかを見張り、それぞれが自分の部屋に入るのを確かめて安心するが、「動く壁」の章で、奈美恵の部屋が豪一の部屋に繋がっていることを知る。奈美恵によると「このかくしドアはね、あなたのママが設計して作らせたものなのよ。人の目をごまかすためにね」。

 「悠二は二度訪ねた佐々林家を思った。豪壮な邸宅に反比例して、何と寒々とした空虚な家であろう。人の心や、愛情よりも、世間体や、名誉や、地位や、そして金が何よりも大事な人種なのだ。そこに育った一郎は、豪一やトキの生き方に反撥しながらも、次第にスポイルされて行くのだろう。(こだま)

 みどりは、「あの女が、この家を出て行き、人間の住める家になったら帰ります」と書き置いて家を出る。(黒いドア)