integral:三浦綾子資料室

作家・三浦綾子に関する研究をするブログ。※予告なしに記事の修正削除およびURLの変更を行います。

常盤公園

旭川市内に実在する公園。

参照:「常盤公園」パンフレット
http://www.asahikawa-park.or.jp/park/docs/tokiwa.pdf

参照:「公益財団法人 旭川市公園緑地協会」
http://www.asahikawa-park.or.jp/park/synthesis/tokiwa.html

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『積木の箱』:
・「佐々林家は、街の真ん中の常盤公園の裏にあった。公園の中を突っ切っていくと、高いポプラ並木がある。並木の沿って小川のように長い「白鳥の池」があった。その池にかかった小さな木橋を渡ると、すぐに、新町と呼ばれる住宅街がある。この新町の一画に、千坪程の佐々林家の屋敷があった。」(鍵)
・「公園の裏手にある白鳥の池は、小川のように長い池である」。(くもり日)
・「公園には、思ったより人がいなかった。それでも千鳥ケ池にボートがたくさん出ている。池の水が陽を照り返して眩しかった」。(綿アメ)
・「プールは、公園の片隅にあった。プールからすぐに石狩川の堤防がある」。(断面図)
・「小熊秀雄の詩碑が、ドロの木の下に白く光っていた。その詩碑の前を、黒い猫がひっそりと歩いている」。(断面図)
・「和夫は地図をひろげた。常盤公園を突っ切って、白鳥の池の方に矢印がついている。公園にはいくどか来ている。(略)和夫は、市立図書館の横を通って、千鳥ケ池のそばに出た。池にはボートがたくさん出ていて、若い男女や、学生たちが楽しそうにオールをこいでいる。和夫は天文台ドームのある築山の上にあがって、しばらく池をみていた。誰も知った人がいない。和夫は少し淋しくなった」。(鉄柵)
・「こんな高い木は、春光台には一本もない。ずいぶん遠い所に来たような気がした。ポプラ並木に沿って、白鳥の池が細長かった。白鳥の池を渡って公園を出た所に、広い大きな屋根があった。ブロックの塀をまわし、鉄柵の門がある」。(鉄柵)
・一郎の家を見つけられず、「和夫はくたびれて公園の中に戻って行った。白鳥の池の中に、小さな中島がある。和夫はその中島のアララギのかげの、ベンチで横にな」るうちにうとうと眠くなった。(鉄柵)
・「公園の木立は、朝からの樹氷がそのままに凍てついて美しかった。公園の中の細い雪道が、歩く度にキュッキュツを靴の下できしんだ。雪に埋まった白鳥の池を渡り、悠二は佐々林家の前に出た」。(発車)

『忘れてならぬもの』所収「塩狩峠」連載の頃(初出:「信徒の友」1989年4月号、日本基督教団出版局) 

1964(昭和39)年 42歳:

綾子夫婦が所属する旭川六条教会の行事で修養会が持たれ、このとき藤原栄吉と出会う。藤原栄吉との出会いを機に長野政雄のことを知り、それが後に『塩狩峠』を書くきっかけとなる。