integral:三浦綾子資料室

作家・三浦綾子に関する研究をするブログ。※予告なしに記事の修正削除およびURLの変更を行います。

私立北栄中学

『積木の箱』:
悠二が赴任した私立中学。旭川の北栄中学校は悠二が赴任する5年前に開校。高等部(私立北栄高校)もある。

札幌にも系列校があることが悠二の「札幌の北栄中学は、せいぜい五人ぐらいでしたがねえ」という言葉や、「同じ北栄中学でも、札幌と旭川では校風も違うのよ」という敬子の言葉からうかがえる。私立高校ではあるが、どの宗教とも無関係である。敬子によると、成績の悪い生徒はふるい落とされる。公立高校進学者もクラスの一割や二割あるので、保護者たちも熱心にならざるを得ない。

「玄関の真正面に「理即道也」と顔真卿流に不飛ぶとと書かれた額が掲げられている。その額の下に、ふた抱えもあるような大きな神居古潭石が、がっしりと黒かった」。(正門)

大きな校長室は「校長室というより、どこかの大会社の社長室のように豪華なふんいきであった。天井には百合の花が群生しているようなシャンデリアが下がり、校長の席のうしろの飾り棚には、海の色を思わせる壺と、獅子舞の人形」が飾られており、座るようにさし示された「ソファには、色とりどりのクッションが置かれ、、同じ長いソファが五つぐるり並んでいる」。(正門)

「悠二の受持の教室、三年A組は、二階の南側に面していた」。(正門)

北海道護国神社祭の慰霊音楽行進に音楽部が出席。敬子によると「うちの中学が一番楽器をそろえている」が、「一式ぽんと買ってくれたのが、佐々林豪一さんなんですって」。(綿アメ)

「北栄中学は駅から遠い。汽車通学の生徒のために、毎日スクールバスが出ていた」。(アリの巣)

宿直制があり、「羽虫」の章では、宿直中の悠二をみどりが訪ねてくる。
「宿直室は、用務員室と放送室に挟まれた、八畳程の畳敷きの部屋である。片隅には机と小さな茶ダンス、テレビが並んでいた」。(羽虫)

夏休みには、「クラスごとに二泊三日の予定で、サマーキャンプをする。スクールバスに乗り、父兄と教師が付添っていくのだ。父兄と言っても、中学三年になると、四、五人の母親がついていくだけで、受持の教師の家族や親戚が便乗するのが例であった。担任のない教師は、自分の好きなクラスについていくことも認められていた」。(乱反射)

生徒と教師が話し合うための六畳ほどの小さな部屋があり、「こだま」と呼ばれている。悠二は、一郎と二人きりで話し合おうとするが、一郎は黙ったままである。また、悠二が拾った帽子についても否認する。(こだま)

組合は存在するが、「御用組合」。
悠二がやめると決まった際には「北栄中学は名門であり、俸給も悪くない。別段人のことに口を出す必要もあるまいと言った空気が流れていた」(終章)