integral:三浦綾子資料室

作家・三浦綾子に関する研究をするブログ。※予告なしに記事の修正削除およびURLの変更を行います。

積木の箱:久代/川上久代

 「和服姿の女」

 「川上商店」の店主。川上商店前には、バス停留所がある。
和夫の母。
和夫によると配偶者は死んだらしいが、敬子は和夫が新婚旅行の時のことを聞かれた時の表情から単なる未亡人ではないのではないかと考え、久代が「不幸な人」に思われてきた。また、「夫のことばかりでなく、自分の親きょうだいのことも、ほとんど話したことがない。以前に札幌にいたと聞いたことがある程度だった」ことに気づく。

 「川上商店」は坂を登り切った右手に、「大きな石の鳥居」があり、その向い側にある「お休み所」と書かれた小さな店の隣りにあり、「たばこの赤い看板」を出している「小ぎれいな二階建の店」である。
 次のように描写される。
・「間口四間、奥行き三間ほどの清潔な店だ。アイスキャンデーの白いボックスが二つ、朝の陽を反射しており、牛乳ビンがたくさん大きなショー冷蔵庫の中に、ずらりと並んでいる。アンパンやミルクパンが、山のようにショーケースの上に置かれたまま、人影はない」。(坂道)
・「細目のクリーム色の看板には、パン、たばこ、手芸用品、文房具と小さく横書きしてあった。中央に「川上商店」と筆太に書かれてある」(坂道)

また自宅は「十畳のリビング・キッチンで、流しのある三畳ほどの所だけが板の間になっている。いかにも掃き清められ、拭きこまれたというような感じが、部屋の隅々まで溢れ、茶ダンスの上に置いてあるビタミン剤のビンまでが、飾られているように置かれてあった。薄いピンクの壁が、子供の頬を連想させ、健康で清潔なふんいきである」。(夕風)

 達筆なペン字。敬子は、毎日久代に弁当を作ってもらっているが「久代の作る弁当は一度として、ありあわせのもので間に合わすというような、手を抜いた感じのことはなかった」。

 久代が、一人で和夫を育てている訳は、「丘の夜」の章で明らかになる。久代は高校を出て佐々林豪一の秘書を務めていた(秘書室には、男の秘書が二人、女の秘書が三人で、久代が一番若かった)。豪一は、久代を目にかけてくれていた。思い切って、豪一に父のことを相談した久代は、料亭花むらで豪一に犯され、子供を身ごもったからである。しかもその晩に父が自殺。久代は帰宅後「うす暗い階段を上がりかけて父の体にぶつかった。それが父の縊死体であった」。ほどなくして母も過労から急性肺炎になり死ぬ。久代は、佐々林豪一の会社を辞職し、小樽にいる長姉のもとに身を寄せるが、妊娠に気づくが、堕胎に疑問を抱いていたため、姉の家を出て誰も知る人のいない帯広に行き、旅館で働き、ひっそりと和夫を産む。

久代は、和夫を毎日目の前に見ている以上、豪一のことが忘れようにも忘れられず、「いまでも時折夢の中で、あの夜の豪一におびえることがある」。「あの夜までは、久代は豪一を嫌うべき何ものもなかった。立派な社長であり、頼もしい紳士でさえあった。だがあれ以来、久代は豪一のみならず、すべての男性の肉体を嫌悪するようになった。どんなに紳士にみえる男であっても、その底にはあの夜の豪一のような、凶暴な獣性がひそんでいるように思われてならなかった」。

和夫を助けてくれた一郎に、和夫と仲良くしてほしいと頼む。また、家庭の秘密を打ち明け、父親を困らせようと自棄気味になっている一郎に対して「いけないわ。一郎さん。相手が悪いからって、悪いことを仕返ししてはいけないのよ。相手が悪ければ悪い程、こちらは正しくよいことをしなければいけないのよ。わたしはおじいさんにそう聞かされたものだわ」と説得し、一緒にサマーキャンプに行くように誘う。

悠二と敬子の会話を偶然聞いて、悠二が自分に好意を寄せていることを知る。以来、「何とはなしに、杉浦悠二を待っている自分に気づいていた」。また、「感情としては、悠二にひかれるものはある」とはしつつも、意志的に敬子と悠二の幸せを祝福したいとも考える。そして、結婚生活にたやすくはいっていけない理由として、「異性と二人だけの夜の生活」をあげる。

奈美恵が訪問した際、「お金など……。それよりも、もっと大事なものが欲しいと思いますわ。とにかく、お客さまは何か思いちがいをしていらっしゃいます。わたくしこれ以上ご返事は申し上げられませんわ」と言う。

一郎は奈美恵から久代と和夫のことを聞き、川上商店を訪れる。久代は一郎と敬子に自身の過去を話し、和夫を生んだ理由を「わたしには、罪のない命を、そんなむごいこと、できなかったわ」と語る。

(1)「落ちついた涼やかなまなざしと、しっとりとした肌が印象的」。悠二は「半てん姿より五つも年上だろうか」と推測。「涼しい瞳の女」「あのきれいな肌の、おだやかな人」と思い、和夫から父親は死んだと聞いて未亡人だと思うと「胸の中を、甘くゆするもの」を感じる。「澄んだ目」「長いまつ毛」の持ち主。

敬子によると「自分が美しい肌を持ち、涼やかな人身を持っていることを意識していないよう」。また、敬子は悠二に「久代さんはやさしくって、美しくって、もしわたしが男ならきっとプロポーズをすると思うわ。ここの先生方の中にも、久代さんに熱心な方が何人かいらっしゃるようよ」と語る。

美貌の持ち主であることが、北栄高校の運動部部員の「テレビに出たらいい」という言葉で伺える。また、このことばを聞いていたトキも「単なる世辞ではなかった。化粧のあともみえないのに、匂うような白い頬や、赤い唇がねたましいほどである」と感じる。

一郎も「きれいな人」「美しい人」だと思う。

美容室で久代と隣り合わせになった奈美恵は「きれいな方ねえ。奥さんかしら」と美容師に尋ねるが、美容師は「落着いていらっしゃるから……。でもふんいきがどこか奥さんともちがうのね」と接客業特有の勘で久代が普通の主婦でないことを見破る。その後奈美恵は、写真で見た久代に「直感的に敗北」を感じ、和夫の存在により、自分と取って代わるのではないかと「焦燥」を覚える。久代の店を訪れ、「久代の美しさに、むらむらとねたましさを覚え」、「しっとりとした肌も、物柔らかな身のこなしも、奈美恵には腹ただしいまでに美しく見えた」。

みどりは、「いい人か、どうか知らないけど、あの人少しきれい過ぎるわ。危険だわ」と言う。

一郎は、同級生たちとは異なり、悠二と敬子よりも、悠二と久代の方が仲がいいと感じる。

悠二は、和夫に言われて、豪一が久代の店に買い物に行くような気がして、「豪一のような男が、久代ほどの美しい人を、そのままにしておおくわけがない」と思う。

トキから久代と和夫のことを聞いて豪一は「ただの一度だったが、久代のあの肌を豪一は決して忘れていなかった。一人で置いておくのは惜しい女だと食指を動かし始めた」。

(2)敬子によると「おしとやかそうに見えるけど、気が大きい」いつ人が来てもいいように、夕食を余分に作る。また、敬子は初対面であるにもかかわらず長靴を貸してくれる「温かさ」を感じ、「春の陽ざしのような人」だと思い、下宿させてもらってもいいかと頼んだことや、「いらぬおしゃべりをしない善意な人柄」であり、「めったに鏡台に向うこともないのに、いつのまにか仄かに口紅をつけているつつましさ」「心豊か」を好ましく思う。

帯広にいたころ、他の女中たちは、「控え目な久代を誰もがかわいがってくれた」。

一郎は、「久代のそばにいると心がくつろぐ。素直になれた。甘えたいような幼い気持になった。それは絶えて、母のトキに求めて得られなかった母性的な愛のあこがれかも知れなかった」。また、悠二は自分が誘っても参加を拒んだ一郎が、久代の誘いによってサマーキャンプに参加することになったことについて「久代という人は、人の痛みや悲しみを、そのままそっくり包んでくれる人のような気がした。久代には、人をとがめるとげとげしさがなかった」と感じる。

自身の性格について「損な性分だと思うが、久代は物事をいいかげんにすることができなかった」とあり、十二月三十一日に棚卸しをするエピソードがある。

久代の過去を知った敬子は、「おやじの女は、みんなおれの仇だ」という一郎に対して「よく考えてごらん。久代さんが、もし豪一の女なら、もっとお金をふんだくってやるわよ。和夫君を認知させて、佐々林家の戸籍に入れ、養育費もどっさりもらうわよ。財産相続のことだって考えるわよ。久代さんの気持がきれいだから、かわいそうに生まないでもいい子を生んで、苦労してるじゃないの」と言う。

(3)「ちがうわ、笑いはしないわ。一郎さん、あなたそんなにおっしゃるのなら、おばさんほんとうのことをいうわね。もし一言でもうそがあったら、神さまがわたしの命をこの場で取り去ってもいいわ」(動く壁)