integral:三浦綾子資料室

作家・三浦綾子に関する研究をするブログ。※予告なしに記事の修正削除およびURLの変更を行います。

積木の箱:悠二/杉浦悠二(すぎうらゆうじ)

『積木の箱』の主人公。教師としては八年目。冒頭は、旭川にある私立北栄中学教員として前日に札幌から赴任してきた悠二が初出勤する場面から始まる。三年A組を受け持つ。数学の教師。

札幌にも北栄中学の系列校があり、悠二は札幌の北栄高校に勤務していたことが、悠二の「札幌の北栄中学は、せいぜい五人ぐらいでしたがねえ」という言葉からうかがえる。その前は公立の中学に勤めていた。「かつて、公立中学で労働組合で、積極的な働きをしていた悠二は、そのために公立中学を辞めなければならなかったのである。それ以来急に、悠二は組合活動から遠ざかった。教師は教団の上に立って、生徒を教えていればいいのだ。何を言ったところで、ひとつ法律が改正されれば、しょせん教員など、何を叫んでも結局は無力なものだと思うようになった」。

喫煙者。

大学時代の先輩の紹介で、歓楽街のどまん中にある下宿にすむ。下宿先は、地下が喫茶店、一階が薬局、二階が美容室になっている。二階の窓から、向かいのバー「タイガー」の青いネオンサインが見える。「タイガー」の隣は果物屋。

「受持の四十人の生徒の記録を克明に」つけている。「生徒の名前を覚えることは、人より何倍も早い」「少なくとも自分の受持の生徒なら、一週間たてばほとんど覚えてしまう」。「時々、円錐立方体、グラフなどを作る仕事を生徒に手伝わせていた」。

ゴショイモ(馬鈴薯)のカラ揚げが大好物。

みどりは、悠二に数学の家庭教師を申し込むが、トキが体よく断る。

津島百合の母親は、「百合が杉浦先生をたいそうほめておりますので、あのきかない子がほめる先生は、どんな先生かと、少しばかり楽しみにして参りました。きょうのお授業を拝見しまして、数学の苦手なわたくしも、何となく楽しく、なるほどと百合のいうことがわかったわけでございます」「杉浦先生は、札幌の北栄中学でも、その前の公立中学でも、高校入試の合格率の大変よい先生だと伺って、安心しておりますの。なんでも公立中学の時に、合格率百パーセントという成績だったそうですわね」と言う。公立高校時代の実績については、「当時悠二は、三年間連続中学三年生を受持たされた。そして三年間、合格率百パーセントで、大いに名をあげたものである。いまでもその思い出に、悠二は心地よく浸ることがある」と記されるが、「小路」の章で鍵谷キリ子と再会したことにより「合格率百パーセントは、悠二の過去の輝かしい足跡のはずであった。だが、寝る時間をつめ、ただ補修のために朝から晩までガリを切り、個人指導をし、叱ったり励ましたりしたことが、いったい何であったのか」と思う。

札幌生まれの札幌育ち。父は福島出身で、郷里にひきあげて行った。

久代に対して「明らかに女性に対するあの波打つような気持」を持つ一方で、その気持を見透かすかのような敬子の態度に「いくぶん重荷」を感じる。「なぜ久代にひかれているのかわからなかった。と言って、どうしても久代が欲しいというのでもなかった。いわばそれは遊びに似ていた。ただ、久代という人間をそばにして、甘い感情に浸っているに過ぎなかった」し「和夫の父になる決心は、悠二にはなかった」。

敬子は、「砂湯」の章で自身の気持ちを告白したが、悠二のことを「何だかひどく頼りない人のように見えたり、とても真実な人間に見えたり、自分でもよく先生のことはわからないの。でも、先生がほんとうに好きなんです」と伝えたうえで、直感では悠二は久代のことが好きなのではないかと指摘する。一方で「もし先生が久代さんを好きなのなら、本気で好きになってあげてください」と言う。悠二は敬子に「あなたは美しい人ですね。心もやさしい」と言われるが、「結婚をする気もないのに、愛してもいないのに、美しいとか何とかいうのは、やっぱり、人の心をもてあそんでいるのだと思うわ」と手厳しく言われる。敬子の気持をわかっているが、悠二は二学期が終る頃になっても「煮え切らない態度」をとっている。悠二が一郎の放火を失火と言い張ったことを見抜き、和夫が誰の子供かを告げる。

和夫は、悠二のことを「先生」と呼ばずに、「おじさん」と呼び、慕っている。そして久代に、自分の父親になってほしいと言う。

敬子にも久代にも煮え切らない態度を執っていた悠二であるが、和夫の祈りの言葉を聞き、次のように思う。「久代がどんな気持で、和夫の言葉を聞いているのか悠二は知りたかった。久代さえその気なら、この和夫の父になってやりたかった。いや、実は久代のおっとになりたいと言ったほうが正直かもしれない」。(炎)

学校を放火した一郎を最後までかばい、結果として北栄中学を辞めることになる。
転任先は「校長の少なからぬ尽力」で北見市となる。
教師と言う職業に「深い絶望」を感じた悠二だったが、三年A組全員で悠二を迎えてくれたことや、石川の挨拶の言葉に涙を流し、「深く慰められ」「たあいもなく喜びに満たされている」のを感じる。

(1)いい声だが、少し大きな声。敬子によると初対面の時から「何か好感のもてる男性」だが、「どこがいいのか、取りたてていうことはできない」。みどりによると「背の高い、ちょっといかす先生」。これに対して一郎は「いかすかどうか知らないが、背だけは高い方だろうな」と言う。悠二の年齢については、「視線」の章に「三十歳の独身」とある。

(2)自身については、赴任初日、生徒たちに「悠々たる人間になりたいが、はなはだ気の小さなところもある」と説明。大学時代の先輩は時々悠二を遊びに誘うが、悠二は「ゆっくり遊ぶ時間のゆとりもなかったので、つい断ることが重なった」ため、悠二を「まじめな人間と思っているようだった」。また、大垣夫人が訪れた際の夫人の言葉の真意について「呑気な悠二にもすぐにわかるような言い方である」とあることから、自身を「呑気」だとしている。悠二は、生徒や父兄のことを悪く言ったことがないが、そんな自身について「人間関係の面倒なこの世界で、なるべく事を荒立てまいとする弱さも、悠二の中にないではなかった」とする。

敬子は悠二について「何気ない会話のうちにも、こちらの胸に温かく伝わってくるものを持っている」と思う。「くもり日」の章では、「杉浦先生って、おりこうね。わたし余り利口な人は好きじゃないわ」と語る。

悠二は、戸沢千代との会話で、自身が平和の問題に積極的になれない理由として「平和に対して絶望的である」ことと、「自分が卑怯である」ことに原因があるとする。

悠二がいつも通う靴磨きによると「素直な先生」。靴磨きは、誰にもしゃべったことのない過去を悠二に打ちあける。

みどりは佐々林家の内情を悠二に告白するが、そのときみどりから「先生って、鈍感ね」と言われる。また「杉浦先生だって、特別に信用しているわけじゃないのよ。みたところ、冷たそうで、温かそうで、あまり不潔な感じはしないけれど、先生も男よね」と評する。

「ドライヤー」の章では、ホステスの会話の中に悠二の名が出てくる。タイガーのテルちゃんが、悠二に恋心を抱いていることや、「変った先生でね。吾々ホステスにでも、誰にでも、顔をみればすぐおじきするんだってさ。まるで隣の奥さんにあいさつするようにね」ということが話題になる。

「草の上」の章では、受持の生徒たちが平和問題について語り合うのを聞きつつも、何一つ自身は語らず、山田健一の言葉に便乗し、「分別臭い結論だけは急いで出し、生徒たちをていよく追い払ってしまった」自分に「何ともいえない嫌悪」を感じ、敬子に「一度公立校を追われて以来、ぼくはすぐに、自分のことばかり考える、保身のうまい教師になり下がったんですよ。くだらない男っですよ」と言う。

一郎は、悠二に「どうもぼくは苦手だな」と苦手意識を持っている。久代は一郎に「話しやすい方じゃないの」という。しかし、夫婦雑誌を持ち出そうとした一件で、一郎は悠二に対して「理くつぬきに、悠二が憎かった。悠二は、父のことなど、何の同情も示してくれない。久代なら、もっと親身になって聞いてくれるだろう」とした上で、悠二が夫婦雑誌を書店に返しに行くことで「言い知れぬ敗北感」と「なぐられたより底知れぬ憎しみ」を感じる。

また、たまたま久代と悠二の手が触れたところを目撃し、「久代を奪われたような淋しさと、憎しみ」を忘れることができず、二学期初日、悠二のロッカーに下着を入れる。悠二は一郎が犯人であることを見破り、校長の訓話を聞いて一郎を許しているということを示すために『坊っちゃん』や自身の過去を引き合いに誤りづらいことを話すが、一郎は「更に深い憎しみ」を抱き、悠二を「狡猾なおとな」だと思う。

奈美恵から、「一郎さんは、杉浦先生が嫌い?」と尋ねられた際、一郎は「……かも知れないな」と言い、奈美恵も「あたしも嫌いよ。何となく虫が好かないわ。でも、あの先生のどこかがよくて、好きな人もいるらしいわね」とみどりのことをほのめかすが、一郎はそれを久代のことだと思う。

磯部校長は「杉浦先生は、ぼくの目からみると、生徒のうけもいいし、授業もしっかりしているし、優秀な教師と思っている」と大垣夫人に語る。

鍵谷キリ子に再会したことにより、「数学を教える意味をもう一度考え直さなければならない」と思う。「数学の成績を上げさせる自身は自分にはある。度の生徒も、杉浦先生の数学はわかりやすいとよろこんでくれる」が「生徒全体の数学の平均点が上がること」に敏感だが、「教科を遅らせまいと気を使うあまり、つい、生きるという問題に対して、時間をさかなかった」とする。

玉脇のクラスの尾坂が、母からの贈り物を玉脇に渡した所、しけてるといわれたことに腹を立て、玉脇をけり上げるという事件を起したことから、知らないうちに生徒を傷つけているのではないかと不安になる。特に一郎や大垣への自身の在り方を気にして、家庭訪問を思いつく。

一郎は、悠二が当直の日に放火を実行したことについて「悠二が何となく嫌いだった」ことや、悠二が久代や和夫と親しいことに「いっそう不愉快だった」こと、和夫が悠二に父親になってほしいと願っていることについては「あんな悠二等が父親になられてはかなわない」と思い、悠二に学校を去ってほしいと考える。悠二は一郎の放火をかばうが、沈黙を守る一郎を前にし、自身を「甘い教師」と自嘲し、「自分の職をかけてまで一郎をかばおうとしたことが、結局何にもならなかったのだ」と「深い絶望」を感じ、「教師という職に自信を失ってしまった」。

みどりは、悠二が一郎をかばったことについて両親に告げ、豪一に「おとうさんのように、損は何一つしまいという人と、あの先生とは人種が違うわ」と言う。 

(3)「佐々林、先生は放火犯人が立ちなおるように祈るよ。君も一緒に祈ってくれないか」(こだま)