実在の人物。『氷点』執筆時の旭川六条教会の牧師を務め、のち大阪府吹田市にある千里聖愛教会の牧師を務める。
※『続氷点』等に登場する。
1929(昭和4)年高知県に生まれる。
1956年同志社大学大学院神学部を卒業、同年石橋教会に赴任。その後、京都丸太町教会に赴任。
1961(昭和36)年9月15日(綾子39歳)
妻の和子と子供を伴って旭川六条教会に赴任。『氷点』執筆中の綾子のために何度も祈ったことや『続氷点』のラストシーン(燃える流氷)を綾子たちが目撃できた背後に川谷牧師の祈りがあったことを綾子自身が記している。札幌北光教会を経て、
1964(昭和39)年
綾子が42歳の6月上旬、常磐公園で旭川六条教会の野外集会が行われる。後日、綾子が藤原栄吉に対してとった行動に対して、川谷牧師から手紙を見せられ、詫びに伺う。その時、長野政雄のことを聞き、『塩狩峠』執筆のきっかけとなる。
1987年
千里聖愛教会を牧会
2001年7月8日、大阪府吹田市にある千里聖愛教会の教会堂の3階の一室に設けられた『千里聖愛教会「三浦綾子記念室」』の開設式が当時の牧師の川谷威郎らによって行われる。
2006年に隠退した。
2009年11月25日、逝去。80歳。
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続氷点:背広姿の牧師
啓造に「牧師の川谷です」と自己紹介をする。
(1)「まだ三十をいくつも超えていない若さに、啓造は少し心もとない感じがした」。「澄んで美しい目だ。しかし鋭い目の光だった」
(2)記載なし
(3)「……自分は正しいと思いたい思い、人間にとってこれほど根強い思いはないと思います」
参照資料
【4693号】消息 - 日本基督教団公式サイト
http://uccj.org/newaccount/3202.html