『続氷点』:
口ひげを伸ばしていることについて、村井は辰子に「ひげなき接吻は、バターなきトーストの如しという言葉がありますよ」と言っている。
これは、モーパッサン「口髭」あるいは別の作品からのものか。
「口髭」には以下の言葉がある。*1
ねえ、おなつかしいリユシー様、忘れても、口髭のない男の接吻なんか、おうけになるものじゃなくってよ。斷言しますが、そんな男の接吻には、なんの味もありません。ほんとに、なんの、なんの味もありません! あの、なんともいうにいわれない、ふっくらとした味も、それからあのピリリとした、……そうよ、ほんとうの接吻のもっている、あのピリリとした、胡椒のような味もありません。口髭こそ、接吻の調味料なんですもの。
*1:モーパッサン作、木村庄三郎訳『口髭、宝石 他五篇』岩波文庫、岩波書店、1954(昭和29)年11月5日、p70 モーパッサン作「口髭」は1883年7月30日、新聞「ジル・ブラス」に発表