integral:三浦綾子資料室

作家・三浦綾子に関する研究をするブログ。※予告なしに記事の修正削除およびURLの変更を行います。

一生を終えてのちに残るのは、われわれが集めたものではなくて、われわれが与えたものである

フェデリコ・バルバロ編『三分の黙想』(ドン・ボスコ文庫)に紹介されている。
『三分の黙想』では、「一生をおえてのちに残るのは、われわれが集めたものではなくて、われわれが与えたものである」(ジェラール・シャンドリ)とあるが、三浦綾子の一部の著作では引用句が異なっている。

『続氷点』:
・「一生を終えてのちに残るのは、われわれが集めたものではなくて、われわれが与えたものである」というジェラール・シャンドリのことばを夏枝の父は、陽子に教える。陽子は、この言葉によって「何か一条の光が胸にさしこんだような気がします。(略)陽子はようなく、自覚的に足を一歩踏出そうとしているのです」と啓造に書き送る。手紙を読んだ啓造はこの言葉をつぶやき、真理だと思う(たそがれ)
・陽子は、この言葉を胸につぶやき、「この言葉にこそ、真の人間の生き方が示されているような気がする」とする。(燃える流氷)

『太陽はいつも雲の上に』:
空の章に綾子の解説文あり。

『忘れてならぬこと』:涙と汗は人のために流せ
「問題は何か」(初出:日本基督教団出版局「信徒の友」1972年6月号)の中に次のような文章がある。

わたしが学んだ頃の小学校には、校訓、級訓、週訓などがあった。そして、大ていの教室には、級訓や週訓が掲げてあった。
 「明るく素直に」「勤勉」「正しい姿勢」などという級訓の多い中に、非常に印象に残った級訓があった。それは、
 「涙と汗は人のために流せ」
 という言葉であった。その教室の前を通るたびに、窓ごしにその言葉を見、わたしは心うたれたものである。他の級訓より、数等光った言葉に、わたしには思われた。
 ということもあって、わたしは自分の心に残った言葉を、意識的に小説の中に引用する。この級訓は、「氷点」の中でつかった。また、「続 氷点」では、
 「一生を終えて、のちに残るのは、われわれが集めたものではなくて、われわれが与えたものである」
 というジェラール・シャンドリーの言葉を引用した。
 こんなよい言葉でも、意外に、私の小説を読むまで知らなかった人が多いようだった。短い言葉というものは、その部分にだけ光をあてたような、拡大鏡で見るような、そんな強烈な印象を与える作用もあるらしい。

『生きるということ』:
初代秘書・宮嶋裕子は、綾子を失った光世が黙々と身辺整理をする姿について次のように記している。

 このような日々の中で、光世さんは黙々と身辺を整理し始めた。子供のいない光世さんは、自分に何かがあった時、周囲の人々が困らないようにと思ったのであろう。親戚や親しい人々に形見分けをし、机や棚なども整理した。よく、亡くなった人の部屋は生前の姿のままにしておくという方もあるが、光世さんは違った。綾子さんが好んだジェラール・シャンドリーの「死んだ後に残るのは、私たちが集めたものではなく、与えたものである」という言葉のとおりを生きようのするかのように、家の中にある品々を人々に分け続け、整理し続けた。

寄稿エッセイ「一生を終えてのちに残るのは、われわれが集めたものではなくて、われわれが与えたものである」※『ことばの贈り物 達人たちの座右の銘203』(1996年11月21日、PHP研究所)所収

ことばの贈り物―達人たちの座右の銘203

ことばの贈り物―達人たちの座右の銘203

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 1996/11
  • メディア: 単行本