integral:三浦綾子資料室

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辻口家

『氷点』『続氷点』の辻口家の建物は、実在する藤田旭山宅(旭光荘)をモデルとしている。藤田家について「小説の舞台とわたし」(『遺された言葉』所収)で、綾子は次のように記している。

 見本林の舞台は決まったが、家はなかなか決まらない。新町のあたりをうろついて、どこかふさわしい家はないかと考えた。なかなか、イメージにぴたりとした家はない。そしてある夜、ふっと思い出したのが、宮下二十二丁目の藤田旭山先生のお宅である。
 このお宅は女学校時代、旭山先生の御令弟寅一先生に英語をならうため一夏通ったことがあり、のちに終戦の年、句会で伺ったこともある。
 昭和五年、酒造会社を経営していた旭山先生の御父上が二万円で建てられたという家である。和洋館から成るその家は、いかにも病院経営者である辻口病院の先代が建てたにふさわしい家に、わたしには思われた。
 思い立ったが吉日で、すぐに翌日お訪ねして、お家の中を見せていただいた。今年亡くなられた月女さんが、明るい笑顔で迎えて下さり親切に御案内下さった。間取りを図に書き、そっくりそのまま小説につかった。
 のちに挿絵の福田豊四郎、向井久万両先生をはじめ、テレビ、映画関係の人もお邪魔して御迷惑をかけたが、テレビにもこの家は再現された。

また、『丘の上の邂逅』所収「月女さんのこと」では、旭山に俳句を習っていたことや、旭山の妻・月女(つきじょ)とのかかわりがつづられているが、辻口家のモデルを探していた時のことを次のように記している。

 『氷点』を書くために、わたしは、その主人公の住む家を探していた。まるで、現実に、そこに住まわせなければならぬかのように、わたしは、あの家この家と探しまわった。
 そして、ある夜、ふっと思い出したのが、旭光荘、即ち藤田邸であった。部屋が十近くもあって、ペチカもある。わたしはその間取りを思い出すと、前触れもなく藤田家を訪れた。

「見本林の入り口の丈高いストローブ松の林に庭つづきとなっている」設定である。「美しいいちい(「いちい」に傍点あり)の生垣をめぐらして低い門を構え、赤いトタン屋根の二階建の洋館と、青いトタン屋根の平屋からなるがっしりとした家」である。

啓造の書斎からは「丈の高いストローブ松の林が十メートルほどすぐ先に見える」。書斎を出て「階段をおりると廊下があり、右手に応接室、茶の間、台所、つきあたりが勝手口で、廊下の左手は客間と寝室があった。そのまた向うに広い縁側がかぎの手になって女中部屋に続いている」。

※小幡陽次郎文、横島誠司図『名作文学に見る「家」』(朝日新聞社、1992.12.1)に辻口家の間取りがあるが、藤田邸の実際の間取りとは異なる。p106に「モデルの家の「離れ」は、母屋からそれほど離れていない」が、陽子と啓造の「哀しい微妙な関係」を示すために「離れとしては大きさも作りも少々立派に描き過ぎたかもしれない」と記載がある。
p105~106
「汝の敵」と暮らす家 三浦綾子「氷点」旭川・辻口病院長邸