integral:三浦綾子資料室

作家・三浦綾子に関する研究をするブログ。※予告なしに記事の修正削除およびURLの変更を行います。

見本林/外国樹種見本林

旭川市にある。三浦綾子記念文学館は見本林(正式名称は外国樹種見本林)のすぐそばに建っている。
参考
:旭川の国有林「外国樹種見本林」を知ろう

『氷点』『続氷点』では、見本林は作品の重要な舞台である。辻口家はこの見本林のそばにある設定である。

『氷点』:

「見本林というのは、旭川営林局管轄の国有林である。/北海道最古の外国針葉樹を主とした人工林で、総面積一八・四二ヘクタールほどある。/樹種はバンクシャ松、ドイツトーヒ、欧州赤松など十五、六種類もあり、その種類別の林が連なって大きな林となっている。(略)/この見本林を三百メートルほどつきぬけると、石狩川の支流である美瑛川の畔に出る。/氷を溶かしたような清い流れの向こうに、冬にはスキー場となる伊の沢の山が見え、はるか東の方には大雪山につらなる十勝岳の連峰がくっきりと美しい。」(『氷点』)

見本林は、子供の遊び場であり、ルリ子が殺された場所、陽子が北原と出会う場所、陽子が自殺を図る場所でもある。

ストローブ林:

・辻口家は、「見本林の入り口の丈高いストローブ松の林に庭つづきとなっている」。啓造の書斎からは「丈の高いストローブ松の林が十メートルほどすぐ先に見える」。

・陽子は、北原とストローブ林で出会う。

 「ぼくは林って好きですよ。こんなふうに、松また松の林って珍しいですね。今そこの立て札で名前をおぼえてきましたよ。トド松。ストローブ松、カナダトーヒ。ドイツトーヒ……ええと、それからなんでしたっけ」
 北原と陽子は林を出て堤防の上に登った。堤防の上は強い日光がまぶしく照りつけていた。
 「ムラヤナ松」
 「ムラヤマ松?」
 「いいえ、ムラヤナ松。モンタナ松」
 「実にいろいろあるんですね。このひょろひょろと栄養失調のような松は何というんですか」
 「ああこのなよなよと、やさしい感じの松? これは千島から松ですわ」(『氷点』千島から松)

ドイツトーヒの林:

・『氷点』の夏枝は、ルリ子を探すためこの林の方にかけて行く。そして、烏の死骸につまづいて「いやな予感」がする。

・また、後年夏枝の希望で養女として引き取られた陽子は自殺をするためドイツトーヒの林に入ろうとするが、カラスの死体に立ち止まる。それは「自分の死と、これらのカラスの死と、一体どのようなちがいがあるであろうかと陽子は思った。人間の死も鳥の死も、全く同じであると考えることは淋しかった」からである。(『氷点』ねむり)。

・見本林で陽子は徹に高校卒業後の進路について聞かれ、夏枝が辻口家から嫁に出したいと言っていたことを知り喜ぶ。陽子にとっては「暗いけれど、一番好き」な林で、徹は陽子を一人の女性として意識していることを告白する。(『氷点』堤防)

ムラヤナ松の林:
啓造は朝早くムラヤナ松の林を歩く陽子を見かけ、秘密を持つことの恐ろしさや、自己中心が罪のもとではないかと考える。(『氷点』堤防)

くるみ林:
夏枝は北原に、「お気にいったら、くるみ林や、やちだもの方もあとでご案内しましょうね」と語る。(千島から松)

やちだも:
上記に同じ


『続氷点』:
・冒頭三行目で啓造は「自宅の二階の書斎に坐って、風に揺れる見本林の木立をぼんやりと眺めていた」。(吹雪のあと)
・「辻口家の裏にある、この見本林を突きぬけた美瑛川の川原で、通りがかった土工の佐石土雄に殺されたわが子ルリ子は、まだ三歳だった」。(吹雪のあと)
・啓造は陽子を見本林に散歩にさそう。(延齢草)
・「窓に夕日がさし、見本林のほうから郭公の声がしきりに聞こえる。七月に入って郭公の声を聞くのは珍しいような気がした」。(草むら)
・徹は見本林で、陽子に三井恵子に遭ったいきさつと、恵子が交通事故に遭ったことを話す。(草むら)
・陽子は、啓造に宛てた手紙の中で、「夏枝が見本林のそばに住むのを見て、夏枝の父もまた、松林の中に住みたいと思ったのだという」と書く。(たそがれ)
・夏枝は、啓造が見本林の桜をひとりで見ていたことについて、淋しさを感じる。(花ぐもり)
・「見本林の上にあかね雲がひろがり、カラスがさわがしく飛びまわっている。浴衣姿の啓造と徹は、見本林を背に、ぶらぶらと国道のほうへ歩いていた」。(夕あかね)
・辻口家を訪れた相沢順子は、見本林を散策する。その時、夏枝からルリ子の死因を聞き、啓造、陽子の前で父の罪を謝罪する。(石原)
・「土手にのぼると、見本林の東に十勝岳が見えた。」(晩秋)
・徹と陽子は見本林で達哉のことや順子のことを話し合う。(晩秋)

『氷点』の舞台を見本林に決めたことについて、綾子は「小説の舞台とわたし」(『遺された言葉』所収)で次のように記している。

 『氷点』の舞台である見本林は、ストーリーを考えているうちに目に浮かんだ。それはかつて、三浦に伴われてはじめて見本林を訪れた日の、うす暗い無気味な印象が強烈に胸に焼きついていたからである。
 舞台を見本林に決めてから、小説が完成する迄に、わたしは何十回となく見本林を訪れた。暑いまひる、あるいは秋のたそがれ時、そして冬の凛冽たる寒さの中、またある時は真夜中というように。

「日本の旅情 旭川」(『丘の上の邂逅』所収):

わたしは、小説『氷点』の中に、見本林という松林をいく度か書いた。その見本林をみるために、春、夏、秋、冬、そして夜、昼、朝と、何十回となくこの林を訪れてみた。(中略)
しかし、冬の見本林を訪れたある日、わたしはその樹氷のみごとさにことばもなかった。針葉樹のあの一本一本に霧華がキラキラと輝き、林全体がガラスか水晶でできているような、そんな印象であった。林の中のまっ白な雪の上には、松葉がわずかに散っていて、その雪の上に、何十羽のまっ黒いカラスが死んでいた。寒さのために、カラスの命も凍えてしまったのであろうか。そのカラスを踏まないように気をつけながら、ドイツトーヒの林の中にはいっていくと、雪の見本林は明るく、清々と、そして寂しかった。