integral:三浦綾子資料室

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氷点:由香子/松崎由香子(まつざきゆかこ)

由香子/松崎由香子(まつざきゆかこ)

『「氷点」を旅する』に収録されている「三浦綾子がつづるあらすじ」では、夏枝が村井と再会した頃に現われ、「しなやかな体を持つ二十六才の娘」と記され、夏枝の旅行中に花束を持って啓造を訪ね、「先生の子を産みたい」と語る。啓造は由香子を抱き上げ布団に寝せようとするが「あの花束は二人の今夜の為に」という由香子の言葉を聞き、「その美しいひたすらな思いにうたれて、啓造は由香子に揺れることができなくなる」。その後、村井の結婚式の直前行方不明になり、村井の口から彼に犯されたことが語られる。

辻口医院の事務員。樺太からの引揚者。両親に早く死なれた。兄と二人暮らしだったが、「行くえ」の章でその兄も結婚。初出勤の日、父母が早くに死んだ話を聞いた啓造が事務長に給料を増やしてやりなさいと言うのを聞いて以来、啓造を慕う。
由香子が啓造を慕っていることは、「西日」の章で村井の口から、「あの子は、院長にまいっているんですよ」と漏らされる。また、その理由の詳細は「行くえ」の章で語られる。

(1)「小さいがまっくろい丸い目」「小さな唇」で化粧をしないため「いつも石鹸で洗いたてような清潔感」がある。「きゃしゃ」「ゆるいウェーブの髪を長く背にたら」している。

(2)事務長の話によると「やさしい娘」「両親に早く死に別れたせいか、妙に人なつっこいところがある」。「いやに自分を体をすりつけてくる猫のようなところもある」さみしがりや。啓造は、誰にでもよりそって歩く由香子を「潜在的な娼婦ではなかろうか」と思ったこともある。

(3)「院長は奥さんを愛している、院長を不幸にしては困る、院長が不幸になることは、命をかけても阻止する」(『氷点』)

◎続氷点:由香子 

辻口医院の事務員だったが、啓造に「院長先生の子供を産みたいんです」と電話した後に失踪して10年が経つ。そのとき結婚したばかりの村井は、由香子が啓造を慕っていたことや、由香子の純潔を奪い、もてあそんでいたことを啓造と夏枝の前で話す。夏枝は、啓造の子を産みたいと言ったことで、由香子を嫌悪してきた。

村井は、『続氷点』「黒い雪」の章で、3,4年前に由香子の墓を建てたと啓造に打ち明ける。

啓造が高木と一緒に豊富温泉に宿泊した際、高木が頼んだマッサージ師が松崎由香子である。高木は「力がある」「おもねる態度のない、そのくせ技術のよい女」「どこかの育児院にでも育ったのではないか」と関心を寄せる。高木にマッサージをしながら、樺太からの引揚者であること(樺太で踊りを習っていた。引揚げたのは稚内港)や両親に早く死なれ、敗戦後兄と二人で引揚げたこと、「三十を過ぎてから盲になった」こと、啓造を好きだったことや村井に「玩具にされた」ことを話す。マッサージ師の仕事は「五、六年、いいえ七年ぐらいにもなるでしょうか」と言う。

辰子の専属マッサージとして、旭川に戻る。辰子は夏枝に「わたしとあの子は友達になったということなの」と説明し、東京の病院に連れて行きたいと言う。しかし、東京で医師が診断した結果、視神経委縮に緑内障もあるらしいと辰子は啓造に告げる。由香子のことを、辰子は「由香ちゃん」と呼ぶ。

辰子のもとで三味線を学ぶが、「どうせ、三味線をやるなら、東京で師匠につきたい」と辰子に語る。

(1)「長い髪」「病院の廊下を、散歩でもするような足どりで、ゆっくり歩いていた」と啓造は回想する。高木がマッサージをしてもらった際には、「黒メガネの女」「白衣の女」。「小さな口」で「うるおいのある声」「語調には、ニヒルな響きがあった」。「小さな口、つまんだようなかわいい鼻、肌は白いが、やや肌理が荒い。肌の荒れは、心の荒れともいう。三十は過ぎている」、啓造がいたことに気がつかなかった「勘の悪い人」と高木は見る。黒眼鏡をかけているが、新年のあいさつで辻口家を訪問した際、辰子に促されてめがねをはずすと「常任と変らぬ澄んだ由香子の目に、夏枝は声を上げ」、啓造は、「十年前と同じ」由香子の顔をまじまじと見つめた。

辰子の家で由香子と再会した啓造は「豊富温泉で見かけたときの、哀れな感じとはまたちがって、今夜の由香子には、悲しみに耐えて来たけなげな美しさがあった」と思い、帰宅後、「かわいそうなほど、小さ唇」「小さいが、やや厚めのその唇」を「甘い感情」で思い、「目も鼻も小さな顔立ち」「つぶらな真っ黒な目が、きらきら光っていた」「いつもせっぱつまったような、必死な表情をしていたような気がする」と十年前の由香子を思い出す。

当初、陽子は由香子との旅行を嫌だと感じていたが、「絶えずかすかな笑みを唇に浮かべて、景色をたたえる人の言葉にも、うなずいている」「素直な微笑」に心打たれる。

(2)村井から由香子のことを聞いた辰子はかわいそうだとしつつも、「どこか自分勝手な感じ」と批判し、「危険人物」だとも評する。その理由として。「ね、ダンナ。松崎って子、行動力があるでしょ。思い立ったことをすぐするような、そんな性格に感じられるでしょう。思い立ったことを待ったなしにやるっていうのは、つまり抑制のきかない、非行的な性格なんですって」と語る。

豊富温泉を訪れた辰子は、由香子を「哀れ」と思う一方で「勝手な女」だという気持もあったが、身体をもませて「一つのことに打ちこむ方」だと揉み方で判断する。辰子に専属になるように言われた際には、「久しく人にあ編めることを知らなかった。自分は天涯孤独で果てるものと諦めていた」ことを、激しく号泣して噴き出す。

辰子は、由香子の生き方について「由香ちゃんは、過去にべったりね。そんな甘ったれた生き方は、わたしはきらいよ」と言い、これに対して由香子は「どうせ私は甘ったれです。誰も甘やかしてくれる人がなかったんですもの、自分の思い出に甘えたからといって、何が悪いんです」と言いつつも、辰子の言葉に従って過去との訣別をする気持ちになっていた。

辰子の家で由香子と再会した啓造は、帰宅後、十年前の由香子について「常に必死になって生きていた女だった」と回想。

村井は、啓造から東京の医師の診断の結果を聞いて「強情な女だから、たとえ死のうが、目が見えなくなろうが、かまわないと放っておいたのでしょうかね」と「目と精神的なショック」だと言い、「院長を思って、エッセン(食事)もろくにとらずに、泣いていたといってましたからね」と語る。

辰子の家で暮らすようになった由香子は、三味線の稽古をするようになる。辰子は、「あの子って、とことんまでやらなきゃ承知しない性格でね。まあ、見所はあると思うわよ」と言う。この言葉の通り、由香子は、東京で師匠につきたいと語り、「燃える流氷」の章では、辰子の口から東京に去ることが語られる。辰子は「由香ちゃんは、何でもとことんまでやらなきゃ、承知のできない性格」だと評する。

陽子は、由香子に「どうしても許し難いもの」を感じてきたが、網走を訪れた際には、由香子を「不幸なひと」だと思う。また、「人間には、不幸な出会いというものがあるのかも知れない」とし、「由香子のような、一途な気性の女性には、愛する者と結ばれるか、結ばれなければ、二度と会うことのないほど、遠い世界に住むしかないのかもしれない」とする。

(3)「その人を想って、一時は食事もできないほどでしたけど……そんなことも、目を悪くした原因かも知れません。とにかく私、その人にこの二つの目を上げたような気がするんです」(サロベツ原野)