integral:三浦綾子資料室

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啓造の父

名は不明。辻口医院の初代医院長。父は酒造業を営んでいた。

「はじめ外科医のつもりだったが、請われれば何科も診る何でも屋になってしまった」。昭和五年に現在(※作中では、啓造の経営する医院)の場所に病院を移転。「外科に内科、眼科、耳鼻科を併設して新しい病院経営に踏み切った」。

病院の土地は、「酒造業を営んでいた祖父が、安いころに地所を三千坪余り買っておいた」もので、啓造の父は「そのおかげでぜいたくなほど広々とした敷地」に病院を立てた。「病院の玄関は、門から半町も入っている」ため、高木は「辻口のオヤジは、患者に不親切な建て方をしたもんだな。やれ、うれしや、やっと病院の門までたどりついたら、なーんだ、玄関までまだ一里もあるというわけだ。病人なんて、歩くのは一歩でも少ないほうがありがたいんだぜ」と言う。

(1)記述なし

(2)記述なし

(3)「医師は、いついかなる時にも医者であれ。そのためには散歩、映画の時を問わず、医師の七つ道具を身から離すな」