integral:三浦綾子資料室

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汝の敵を愛すべし/汝の敵を愛せよ

新約聖書「マタイによる福音書」第5章44節「しかし、わたしはあなたがたに言う。敵を愛し、迫害する者のために祈れ」、「ルカによる福音書」第6章27節「しかし、聞いているあなたがたに言う。敵を愛し、憎む者に親切にせよ」。

『氷点』:
津川教授啓造に「わたしは、何がむずかしいといって、キリストの〝汝の敵を愛すべし〟ということほど、むずかしいものは、この世にないと思いますね。大ていのことは努力すればできますよ。しかし自分の敵を愛することは、努力だけじゃできないんですよね。努力だけでは……」という。(敵)
高木によると、学生時代の啓造はこのことばをおまじないのようによくつぶやいていたらしいが「まさか、いかに何でも犯人の子をひきとって育てるとは、いわんだろう」と辰子に漏らす。辰子を通じて佐石の娘の消息を知った啓造は、「敵とは仲よくしなければならない相手だ」と徹に説明したことを思い出し、引き取ってみようかという思いが心をよぎる。(灯影)
・啓造は、佐石の子を育てることについては、高木に反対を受けても、「汝の敵を愛せよ、には結局反対できないだろう」と感じるが、「夏枝もまた、犯人と同じように許され、愛されなければならないことを忘れていた」。(回転椅子)
・高木に啓造は次のように語る。「犯人を憎んで暮らすか、汝の敵を愛せよという言葉を生涯の課題として取り組んで生きて行くか、この二つしか今は生きようがなくなったんだよ。憎んで生きて行くのはみじめだからね。わたしはその子を愛して生きて行きたいのだ」(回転椅子)
・「ナーンだ。それが辻口啓造のほんとうの姿かね。汝の敵を愛せよだって? これは笑わせる。それより汝の妻を愛せ世だぜ。バカな男だ」(どろぐつ)
・「全く、おれはバカだ。自分の子を殺されて、その犯人の子を引きとって、その子に財産までわけてやる。汝の敵を愛せよは字数にしてわずか七文字だ。しかしこの七文字は、また何と途方もなくバカげたむずかしい内容を持っていることだろう」(同)
・夏枝が読んだ啓造の手紙には高木に宛てて次のように書いている。「わたしは、「汝の敵を愛せよ」をかくれみのにした、みにくい男なのだ。君ばかりか自分自身をもダマしながら、実は夏枝をゆるすことができなかったのだ。陽子を引きとったのは、夏枝に、佐石の子を育てさせたいという残忍な思いがあったことを、わたしは白状してしまいたいのだ。」(激流)
・洞爺丸の海難事故に遭遇し、一命を取り留めた啓造は陽子を愛せない自分を痛感する。ふと同乗していた宣教師のことを思い出し、「自分の命を相手にやることだ」と閃く。だが「おれは、汝の敵を愛せよという言葉をしていた。しかし、人を愛するのは、スローガンをかかえるだけじゃ、だめなんだ。あの宣教師は、もっと大事な何かを知っていたんだ。単なる言葉じゃないものを知っていたのだ。言葉だけじゃなく、もっと命のあるものを知っていたんだ」と考え、それが何かを知りたかった。(雪虫)
・陽子が誰の娘であるかを知った徹は、そのことで啓造を責める。啓造はそのとき「汝の敵を愛せよ」という言葉を思い出し、洞爺丸であった宣教師を「慕わしく」思い、教会に行こうかとも思うが、思うだけで「ちがう世界へとびこむことはできなかった」が、聖書を開くようになった。(答辞)
・陽子の明るい笑顔に慰められるようになった啓造は、「汝の敵を愛せよ」という言葉を久しく忘れている自分に気づく。そして「この言葉を自分の一生の課題としようなどと気負ったこともあった。そしていつのまにか言葉さえ忘れ去り、いまのおれには、陽子が佐石の子だと思うことさえ少なくなった。徹のことがなければ、すっかり忘れているかもしれない」と思う。(赤い花)
・「汝の敵を愛せよ」という言葉について、啓造は「自分自身と高木をだまし、実は夏枝に犯人の子を育てさせようとした卑劣で冷酷な人間が自分なのだ」ということを認めざるを得なかった。(階段)
・高木は「おれも辻口という男は、犯人の子どもだということを夏枝さんにはいわずに、本気で〝汝の敵を愛せよ〟を真面目にやる男だと信じていた。人間なんか信用できないと知っていながら、辻口だけは信じていたんだ」と言う。(ねむり)

『続氷点』:
・啓造は、陽子を引き取る際に高木に主張した「汝の敵を愛せよ」ということばを思い出し、十八年前の自分が妻への復讐のためにこの言葉を持ち出したのだと気づき、陽子に許してほしいと思う。(吹雪のあと)
順子の手紙を読んで、「汝の敵を愛せよ」という言葉を麗々しくかかげて陽子をもらった自身のみにくさを身にしみて顧みる。(命日)