integral:三浦綾子資料室

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氷点・続氷点/津川教授・夏枝の父

夏枝の父、啓造や高木の恩師。夏枝にとっては「茅ヶ崎の父」徹や陽子にとっては「茅ヶ崎のおじいさん」。

「内科の神様」と言われ、啓造たちからは「人格者」として慕われた学者だが、一方で母がいない夏枝を不憫に思い甘やかして育てる。夏枝にとっては「単なる父ではなかった。父でありは母であった」(『氷点』歩調)人格者として慕われるが、ある日啓造たちに「汝の敵を愛すべし」という言葉の難しさをつぶやく。

定年退職後は、茅ヶ崎に住み、夏枝の長兄が茅ヶ崎から東京の病院に勤めていた。

(1)記述なし

(2)内科の神様のように言われた学者で、人格も極めて円満。

(3)「わたしは、何がむずかしいといって、キリストの"汝の敵を愛すべし"ということほど、むずかしいものは、この世にないと思いますね。大ていのことは努力すればできますよ。しかし自分の敵を愛することは、努力だけじゃできないんですね。努力だけでは……」(『氷点』)


続氷点: 

名前年齢不明。夏枝の父、啓造や高木の恩師。夏枝にとっては「茅ヶ崎のおとうさま」。

定年退職後は、茅ヶ崎に住み、夏枝の長兄夫妻、二人の高校生の息子たちと同居。毎朝海岸まで散歩している。松林の中にある細い道を少し行ったところにあるあずまやが好きで一日に一回は必ず来ると陽子に語っている。


「茅ヶ崎ゴルフ場入口から、五、六百メートル入ったところ」にある松林の中に建てられた「三十坪ほどの質素な木造平家」住んでおり、部屋の本棚には「医学書と共に、文学全集、美術全集、そして新刊書がたくさん」並んでいて、陽子は「若々しさ」を感じる。また、部屋には「北大構内の雪景色」を描いた啓造の画がかかっている。

陽子は、高校の修学旅行の時に、鎌倉で夏枝の父に会っていたが、茅ヶ崎の家を訪問するのは、夏枝らとの旅行時が初めてである。夏枝は出自や薬を飲んだことをしゃべらないよう陽子に口止めするが、夏枝の父は何もかも知っていたことを陽子は感じる。

(1)

(2)手をかけることを惜しまず「何度も手をかけることだ。そこに愛情が生れるのだよ。ほうっておいてはいけない。人でも物でも、ほうっておいては、捨てていた愛情も消えてしまう」と言い、夏枝が北海道から送った木彫りの熊を毎日朝夕、布で丹念に磨く。陽子はこの祖父の姿を啓造に書き送っている。

(3)「自分一人ぐらいと思ってはいけない。その一人ぐらいと思っている自分に、たくさんの人がかかわっている。ある一人がでたらめに生きると、その人間の一生に出会うすべての人が不快になったり、迷惑をこうむったりするのだ。そして不幸にもなるのだ」(たそがれ)

「一生をおえてのちに残るのは、われわれが集めたものではなくて、われわれが与えたものである」というジェラール・シャンドリのことばを陽子に教えるが、津川の言葉は啓造に、そして陽子に「いかに生きるべきか」という問いかけに対してひとつの解となっていた。