integral:三浦綾子資料室

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『ひつじが丘』奈緒実が家を出た時期はいつか?:→わかりにくいが正月三日

p97~「正月の三日であった」という文章があり、良一が奈緒実の両親を訪問している。良一が家を出た後、奈緒実は両親と言い争い、p106では「オーバーをひっかけて外へとびだした」。

p106~*部分をはさんで、1年後の奈緒実が描かれる。このとき「机の上のめざまし時計はすでに午前一時をすぎている」。

p107~「一年前の正月の夜」とは、「正月の三日」をさす。父と争って家を出、交通事故にあった良一に「その夜一晩、奈緒実は良一に付きそった」。その後函館に戻る良一を見送るうちに「つい二三日前」の「良一の蒼白な顔」を思い出して函館まで同行したことが伺える。回想シーンが長いのでわかりにくいが、回想されるのは以下の内容である。

p108~良一に付き添い、函館へ
p110~函館に到着、良一の下宿で結ばれる
p115~良一と結ばれた翌日、父から速達が届くが、奈緒実は札幌に帰る気になれない
p116~「ひなまつりの午後」、父から奈緒実の荷物が届く
p118~「四月に入ったある夜」の出来事で、良一の冷酷な一面を知る
p119~「秋のある朝」良一が茶碗を投げつける場面(p121の「良一の淋しさと、妻に甘える男の心を思いやるには、奈緒実はまだ若すぎた」という文章でこの場面が終わる)

p121「一年前の今日、わたしは函館に来たのだわ」は、その直前の場面が「秋のある朝」良一に茶碗を投げつけられた日の「ひるすぎて」新聞を見た後のことをさすのではなく、「正月の三日」以後をさすのであろう。父の耕介のことばが「秋のある朝」につなげるか、この「一年前の今日」につなげるかはどちらにも解釈できる。

また、p121には「机の上のめざまし時計は二時である」とあり、前述の「机の上のめざまし時計はすでに午前一時をすぎている」から一時間ほどが経過したことが伺える。

p140~9月、竹山が函館を訪問した場面に「竹山が奈緒実に結婚の申しこみをするや否や、良一のもとに逃げさった印象を受けたからである。その時の深い傷は、九ヵ月経った今も癒えていない」とあり、正月の出来事ととるのが妥当。

※本文解釈にあたり、07/12/16 森下辰衛氏にご指導をいただきました。 

※テクストは講談社文庫版『ひつじが丘』を使用