integral:三浦綾子資料室

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ひつじが丘:奈緒実/広野奈緒実(ひろのなおみ)

 昭和24(1949)年6月、函館のT高校から北水女子高校(愛称:リラ高女)に転入。三年A組に在籍。タミ子の情報で美しい転校生が来ると知った京子は、輝子のライバル意識が自分から奈緒実に移って欲しいと思う。父が牧師だということを紹介しようとした担任の竹山のことばを遮る。奈緒実は、転入時、京子の席の隣に座ることになる。だが「奈緒実も京子も、相手が自分の一生に重大なかかわりを持つ存在になろうとは、この時は夢にも思わなかった」と説明されるように、物語上で二人は互いに「重大なかかわり」を持つ。

 高校卒業後は、「札幌の短大に進学、幼稚園の保母の資格を取るつもりだった」が真相は「好きな子供たちのために、一作でいいから、楽しい童話を作りたい」と願っているからだった。この願いは誰にも打ち明けることなく大切に秘めていた。洗濯など家の手伝いをよくする。文学少女で、竹山は奈緒実の部屋に入り「本ばかりあって、女の子の部屋じゃないな。人形も飾っていない」「牧師さんの家にも、こんなに沢山文学全集があるとは知らなかった」と驚く。父の耕介によると「奈緒実は成功も多いが、失敗も多いというタイプ」。

 良一の元を去り、実家に帰るが、良一が喀血。奈緒実の実家で療養生活を送るようになる。生活の為に小松会計事務所で働くが、良一の死後は、父の耕介の先輩が園長をしている学園で保母として働きながら、「子供たちに生きる希望と勇気を与えるような童話を、一生にただ一つでいいから書きたい」と願うようになったことを竹山に告げる。

(1)山崎タミ子によると「ミス札幌にでも、ミス北海道にでもなれる」「すてきな人」。転入時の自己紹介時には「よく伸びきった、均整のとれた肢体」でクラスメイトのざわめきがとまった。「たちまち吸いよせられ」る「黒い瞳」を持ち(「人をひきこむような黒い瞳」は父親似である)、「木彫りのようなカッキリとした二重まぶた」を、まばたきもさせずに一同を見渡すと生徒たちは心地よい圧迫感を感じる。髪は「ゆるくウエーブしたような長めのおかっぱ」である。

 輝子は、高校時代に奈緒実の「深々とした黒い目の美しさ」に「嫉ましく、いらだたしい日を送った」ことを思い出して、「もし、あの奈緒実から良一をうばったら……」と思い、「彫りの深い美貌」「触れたら指のすべりそうな、なめらかな肌」「腹ただしいほどの大きく澄んだ瞳」に嫉妬する。このように、奈緒実の美しさは人の心をひきつけ、時には嫉妬さえ起こさせるだけではなく、後に京子からもその美貌のせいで苦しむ人間がいるのだと非難される。
 喀血後、こっそり奈緒実の元を立ち去ろうとした良一は、奈緒実を「すばらしい美術品のようなもの」で、「円やかなすべすべとした腿、背から腰にかけてのいいようもなく、美しい線、白いのどから胸もとに流れる豊かな線、奈緒実は耳たぶひとつにしても、他の女性とは比較にならない美しさ」だと思い、「長いまつ毛がくろぐろと影をおとしている。あどけない少女のような寝顔」を見ると決意が揺らぐ。

(2)奈緒実の性格はしばしば「激しい」という一語で表現される。竹山は誰ともかかわりをもたなかった奈緒実の態度を「よっぽど激しいところがあるね」と指摘、「人格と人格の激しいぶつかり合い」や「本気で愛してくれる人」を求めているのではないかと解釈。良一と別れる決意をしても、やりなそうとするのは、良一を「父の寛容と、の生来ののんきな性分が、激しい気性の奈緒実の中に流れているのかもしれない」からである。
 また、奈緒実は良一との結婚生活で「自分の心の冷たさ」を認識するが、良一を許さず別れたがる奈緒実の態度に父の耕介も「奈緒実がこんなに冷たい女だとは思わなかったね」と呆れられる。

 北水女子高校に転入後、奈緒実はどのクラスメイトとも親しくしない。その様子は「奈緒実には、話しかけることをためらわせる何かがあった。とりすまいているのともちがう。冷たいというのでもない。自分の部屋にでも、とじこもっているように、奈緒実は見事に一人になっていた」と描写されるが、京子の目には「孤独と呼ぶべきものかもしれな」いと映る。級友たちにはその様子を口々に語り合う。「何となく神秘的ですてき」「すごく大人みたい」だと好意的にいうものと、「不愛想」というものに分かれる。学習態度がよくなく、発言やノートをとらないが、教師たちは「何となく注意のしにくい子」なので「注意しそびれる」と言う。学習態度を竹山に注意されたときは、「極めてあざやかな英語」で「美しい発音」で返答し、クラスの偶像になる。1学期の終わりに輝子から級友や学習に対する態度を避難されたときは素直に非を認め、竹山に頬を叩かれてからは、「親ゆずりの包容力」で友人がたくさん出来る。 奈緒実が「子供」で「異性を見る目なんか全然ない」ということは、かなり早い段階で竹山の口から指摘されているが、本人が自覚するのはもっと後である。父と争い、良一を追うように家を出た奈緒実は、函館にある良一の下宿で、良一からからだを求められたとき初めて「結婚について何の具体的な考えも信念も持っていない自分に気づ」き、「結婚とは、純白のウェッディングドレスに身を飾って、教会で結婚式をあげるものだと、漠然と考えていた」ために、良一と結ばれた後は失望を覚える。後日届いた父からの手紙にあった「どうか純潔だけは守ってほしい」という内容にこだわって札幌に帰る気を失う。良一との結婚生活は楽しかったのは最初の二、三ヶ月だけで、周りの予想通りの日々を送ることとなる。暴力を振るわれ、良一の女性問題で悩み、生活費も少なく、所帯道具もない惨めな日々が続く。牧師の娘だが、「確かな信仰は持っていない」奈緒実は、再会した竹山が祈ってくれたことで、良一との結婚を後悔し、良一と竹山とを比較する。しかし、竹山に引かれる自分を客観視し、批判的に見つめる目を持っている。
 良一の死に際し、自身の「冷たい目と冷たい言葉」も一因なのではないかと考えるようになる。

(3)「まあ、ひどいわ、おとうさん。わたしだって、人一人ぐらい愛することができるわ」