広野耕介(ひろのこうすけ)
札幌市・北七条教会の牧師。妻・愛子の間に一人娘の奈緒実がいる。勤めていた会社をやめ、神学校に行き牧師となった。その経緯は、良一を許そうとしない奈緒実を諭すために語られる。人物造形に際し、西村久蔵氏の影響があることは、三浦自身が『道ありき』の中で、「西村先生を、どのように説明したら、人はわかってくださるだろう。わたしの小説「ひつじが丘」をもし読んでくださった方なら、小説の主人公奈緒実の両親を思い出していただきたい。あの牧師夫妻が、西村先生ご夫妻の一端を語っていることと思う」と述べていることから推察できる。
(1)「奈緒実の、人をひきこむような黒い瞳はどうやら父親似のようである」と表されるように、奈緒実同様魅力的な目をしている。「肩幅の広いガッシリとした体格が日本人はなれをしている」
(2)「めったに人の批判めいたことを、口にしたことがなかった」が、「牧師として、長年多くの人に接してきた耕介の第六感のようなもの」で、奈緒実と良一の交際には反対する。奈緒実を叱らず、奈緒実は「耕介の怒った顔を奈緒実は知らない。いつも悠然としている」が、良一を追って戻らぬ奈緒実への送った手紙で「わたしと愛子の娘だ。万に一つも曲がることはあるまい」と思いあがっていたからだと気づいたと告白。良一は「耕介の前に出ると、自分でも不思議なほど、初々しく素直になる」。
(3)「愛するとは、ゆるすことでもあるんだよ。一度や二度ゆるすことではないよ。ゆるしつづけることだ」という言葉をはじめ、とかく耕一は奈緒実にゆるすことを説き続ける。それは、自分が妻の姉と不倫関係に陥った際に、許された体験に基づく。