integral:三浦綾子資料室

作家・三浦綾子に関する研究をするブログ。※予告なしに記事の修正削除およびURLの変更を行います。

氷点・続氷点:外人/宣教師

 

宣教師

『氷点』

 

無名。外国人の宣教師ということがわかるだけで、年齢や出身国は不明。登場するのはわずか3ページにも満たないが、彼の行為は啓造に大きな衝撃を与え、次のように考える。

 

 啓造には決してできないことをやったあの宣教師は生きていてほしかった。あの宣教師の生命を受けついで生きることは、啓造には不可能に思われた。
 あの宣教師がみつめて生きてきたものと、自分がみつめて生きてきたものとは、全くちがっているにちがいなかった。(『氷点』台風) 

また、洞爺丸事件から十年後、啓造は聖書を手にし、「あの人のように、おれは生きたいのだ」と思う。そして教会に行く決心をして、六条十丁目にある教会を訪れる。

作中ではきわめて重要な意味を持った人物として設定されている。

 

人物について

 

(1)記述なし

(2)人なつっこい

(3)「ソレハコマリマシタネ。ワタシノヲアゲマス」「アナタハ、ワタシヨリワカイ。ニッポンハワカイヒトガ、ツクリアゲルノデス」(『氷点』)

 

モデルとなった人物について

 

有賀喜一「Alegria いつまでも生き生きと生きるために」vol.5 (発行プレイズ出版)によると、この宣教師のモデルとなったのは、33歳のアメリカ人宣教師ディーン・リーパーさんである。また、光世は『綾子へ』の中で次のように記している。

 洞爺丸には、ストーン宣教師とリーパー宣教師の、二人のアメリカ人宣教師が乗っていたが、二人共日本人に救命胴衣を譲り、死んでいったと伝えられている。これを私は「氷点」の中に挿入して欲しかったのである。但し小説には一人だけが登場する。
 のちに、リーパー宣教師の娘さんが、わが家を訪ねてきたことがあった。彼女はまだ幼い時に父を失い、淋しい思いで育ったことを告げ、
(どうして、生き延びてくれなかったの)
 と思ったと、父を恨み、神を恨んだと言った。しかし、幸い信仰を受けついで、いまはよく父が死んでくれたと、感謝しているとも言った。

 

『続氷点』

 

『続氷点』では、「たそがれ」の章で、乗船していた宣教師について、次に描写される。

 後に新聞記事で知ったことだが、この洞爺丸には二人の宣教師が乗っていた。一人は札幌、他の一人は帯広在住であった。二人共、救命具を人に与えて、自らは死んでいった。救命具を与えられた若い男女は、後にクリスチャンとなり、一人はYMCAで働いているという話も聞いた。(たそがれ)

 

2013.9.6追記


国立国会図書館レファレンス協同データベースに次のような質問と回答がある。
「洞爺丸」転覆時に、宣教師が自分の救命胴衣を他の乗船客に譲ったという内容の新聞記事がみたい。三浦綾子著『光あるうちに』に、この話があったと記憶している。
http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000076616
circled.2013.9.6

 

2015.8.10追記


国立国会図書館レファレンス協同データベースに次のような質問と回答がある。 
洞爺丸台風で亡くなった外国人宣教師・ストーンについての資料あるか。
http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000139846

 

2015.10.8追記

教文館出版のフェイスブック(2015.9.25更新)にも詳細あり。


https://www.facebook.com/kyobunkwanpublish/photos/a.202109403250744.42676.202099983251686/757496891045323/?type=3&theater
circled.2015.10.8

 日本キリスト教青年会(YMCA)同盟(学生部)協力主事のディーン・リーパー宣教師(33歳)の写真あり。手品がプロ級で東京アマチュア・マジシャン・クラブの役員だったことや、子供たちに手品を見せて和ませ、船客の救命胴衣の装着を手伝い、自分の救命胴衣までも与えたことが紹介されている。
 カナダ伝道団で中央農村教化研究所(現・農村伝道神学校)の設立に尽力したアルフレッド・ストーン宣教師(52歳)についても人々を落ち着かせることに力を尽くし、大学生の命を救うために自分の救命胴衣を受け取らせたことが記されている。

 

 

三浦綾子記念文学館フェイスブック(2015.9.26更新)にも詳細あり。


https://www.facebook.com/hyoutenLM/posts/1715204955369422

洞爺丸事故の日、日本基督教団函館教会の午前の礼拝において、ストーン宣教師が説教をし、そのときの週報が教会に残されているという。また、その翌週の週報には、リーパー宣教師とストーン宣教師について報告がなされた。