integral:三浦綾子資料室

作家・三浦綾子に関する研究をするブログ。※予告なしに記事の修正削除およびURLの変更を行います。

2013-02-06から1日間の記事一覧

小堀遠州

『大辞泉』(増補・新装版)によるとこぼりえんしゅう【小堀遠州】[一五七九 一六四七]江戸初期の茶人・造園家。遠州流茶道の祖。近江の人。名は政一。号、宗甫・孤篷庵。遠江守。豊臣秀吉、徳川家康・秀忠らに仕え、作事奉行を務め、建築・造園に才能を現し…

続氷点:大学時代の友人

啓造と高木共通の友人か。氏名不詳。容姿等描写なし。「拝観謝絶の孤篷庵は非公開だった。が、啓造たちは、小堀家の知人だという大学時代の友人に、いわば個人の家を訪ねる形で伴われたのだった」。

続氷点:老人

(1)「杖をつき、足をするような不自由な歩き方」「グレイのセーターを着、くたびれたズボンをはいた痩身」(2)「行きずりの人間に鳥の名を尋ねられて、あんなにも一心に耳を傾け、そして、その名がわからないからといって、悪いことでもしたように深々…

孤篷庵(こほうあん)

『大辞泉』(増補・新装版)によるとこほうあん【孤篷庵】京都大徳寺の塔頭の一.慶長一七年(一六一二)小堀遠州が竜光院内に創建し、のち大徳寺内に移築。寛永五年(一七九三)に焼失したが、松平不昧が再興。茶室の忘筌と茶庭がある。-------------------…

狩野探幽

『大辞泉』(増補・新装版)によるとかのうたんゆう【狩野探幽】[一五五九 一六三五]安土桃山時代から江戸初期にかけての画家。近江の人。名は光頼。豊臣秀吉に画才を認められ、永徳に学んで、豊臣・徳川家関係の障壁画を数多く描いた。画風は桃山障壁画様式…

南禅寺

『大辞泉』(増補・新装版)によるとなんぜんじ【南禅寺】京都市左京区にある臨済宗南禅寺派の大本山。正しくは太平興国南禅寺。山号は瑞竜山。正応四年(一二九一)無関普門を開山とし、亀山法王の離宮を寺としたのに始まる。足利義満のとき、五山の別格上…

清水の舞台/清水寺

清水寺:http://www.kiyomizudera.or.jp/ 『大辞泉』(増補・新装版)によるときよみずでら【清水寺】一京都市東山区清水にある北法相宗の寺。山号は音羽山。延暦一七年(七九八)ごろ僧延鎮が坂上田村麻呂の助成を得て開創。西国三十三所の第一六番札所。本…

続氷点:若い男と女

啓造と高木は、「ギイッギイッ」と啼く鳥の正体を「子供のように手をつなぎ、軽やかな足どりでやって来た」この二人に尋ねるが、「わからへんなあ」と言って去る。

続氷点:登山帽の青年

啓造と高木は、「ギイッギイッ」と啼く鳥の正体をこの青年に尋ねるが、青年はそっけなくいって過ぎた。

続氷点:三十人ほどの男や女

啓造と高木が京都観光をしている最中、「とりつくろった顔でカメラに向かっていた」のを目撃した高木は、「写真をとられる時の顔って、おもしろいものだな」と言う。

続氷点:高橋精神科

高木の会話の中で名前のみが出てくる。啓造がノイローゼではないかと心配した夏枝は高木に電話をする。「よほど高橋精神科にでも相談しようかと思ったらしい」と高木が語る。

続氷点:女

京都観光をしている最中、啓造はサワガニに目をとめる。その時、「あら、小さなカニよ。天ぷらにしたらおいしそうよ」と言って「女が二人立ちどまって、すぐに去った」。「女」以外に描写なし。

続氷点:小旗を持ったガイド

南禅寺の三門を後に、ぶらぶらと石畳の坂を下りてきた啓造と高木だったが、「小旗を持ったガイドの後に、ぞろぞろと観光客の一団がつづいて行く。学生たちや女たちも、三三五五、啓造らとすれちがった」。

石川五右衛門

『大辞泉』(増補・新装版)によるといしかわごえもん【石川五右衛門】安土桃山時代の伝説的大盗賊。文禄三年(一五九四)京都三条河原で釜煎りの刑に処せられたという。歌舞伎「楼門五三桐」、浄瑠璃「啓造吉岡染」などに登場する。-----------------------…

プラタナス

『大辞泉』(増補・新装版)によると』プラタナス[Platanus]スズカケノキ科プラタナス属(スズカケノキ属)の落葉高木の総称。スズカケノキ・アメリカスズカケノキなど。庭木や街路樹にする。[季 花=春]--------------------------------------------------…

川谷牧師/川谷威郎(かわたにたけお)

実在の人物。『氷点』執筆時の旭川六条教会の牧師を務め、のち大阪府吹田市にある千里聖愛教会の牧師を務める。※『続氷点』等に登場する。1929(昭和4)年高知県に生まれる。1956年同志社大学大学院神学部を卒業、同年石橋教会に赴任。その後、京都丸太町教…

たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、自分のからだを焼かれるためにわたしても、もし愛がなければ、いっさいは無益である

「コリント信徒への手紙一」第13章3節。 『続氷点』:啓造が初めて教会を訪れた時、坂井ヒロ子が証詞(あかし)をする。彼女は「社会福祉科で四年間学び、今年(=啓造が初めて教会を訪れた年)老人ホームにつとめはじめ」たが、老人ホームに勤めていると人…

続氷点:坂井ヒロ子

啓造が初めて教会を訪れた時、証詞(あかし)をする。「社会福祉科で四年間学び、今年(=啓造が初めて教会を訪れた年)老人ホームにつとめはじめ」た。「年ごろも、陽子といくつもちがわない。ぬれた唇の間に白い歯が健康そうであった」とある。老人ホーム…

「ルカによる福音書」十八章

『続氷点』:啓造が初めて教会を訪れた時の、聖書朗読個所。9節から14節が本文中に引用されている。

続氷点:近くにいた中年の婦人

啓造が初めて教会を訪れた時、「ルカによる福音書」十八章のページをすばやくひらいてくれた。以前辻口病院に入院していた患者で、帰り際に「まあ、辻口先生、お久しぶりでございます」と挨拶をしてくれた。

続氷点:一番前の席にすわっていた背の高い男

啓造が初めて教会を訪れた時の司会者。「めがねの奥の細い目が柔和だった」。早口で「讃詠五四六番をうたいます」と告げる。氏名年齢不明。礼拝のあと、啓造のことを礼拝に出席している人々に紹介する。

讃詠五四六番

『続氷点』:・啓造が初めて教会を訪れた時に歌った。「聖なるかな」は、啓造にとっては聞き覚えのある歌だったが、啓造は何となく落ちつかなかった。