integral:三浦綾子資料室

作家・三浦綾子に関する研究をするブログ。※予告なしに記事の修正削除およびURLの変更を行います。

氷点:年表

「氷点」年表

大正4年
 啓造高木、生まれる。
大正7年
 佐石村井、生まれる。
大正9年
 夏枝辰子生まれる。
大正12年
09/01

 関東大震災で、佐石は両親を失い、青森の伯父に養われる。

大正15年
 由香子産まれる。
昭和5年
 啓造の父辻口医院移転、外科、内科、眼科、耳鼻科を併設して新しい病院経営に踏み切る。
昭和7年(もしくは8年)
 啓造、近所の女の子(8?)を川原で抱きかかえる。後年、この事件に関して、啓造は佐石と同じような自己を発見し、自己反省する。
昭和9年
 佐石、北海道のタコ部屋に売られる。
昭和10~16年
 啓造・高木北海道大学学生時代。夏枝をめぐって啓造と高木の三角関係。啓造、2年間教会に通う。啓造、学生時代は趣味で絵をかく。

 ※啓造が学生時代教会に通っていたエピソードを加えることで、啓造が一見「いかに生きるべきか」という問いを常になしていたかのような設定になっている。しかし、のちに教会に行った啓造が学生時代は教会に入りにくいとは思わなかったと思ったエピソードが物語るように、啓造の教会通いはポーズだけでしかなかった。つまり、啓造は生について何も感じることも考えることもなく、教会に通っていた、三浦綾子のことばを借りれば「的を外れた生き方」(=原罪)のである。

昭和12年
 啓造と夏枝(17)婚約。
昭和15年
 北原千島にて産まれる。(母親に死なれたのは千島から引き上げられるまでの間か)
昭和16年
 啓造と夏枝(20)、結婚。層雲峡へ新婚旅行で出かける。が生まれる。

(※辰子がマルキストのと間に子供を作ったのは昭和16-20年の間か。相手のマルキストは獄死)

昭和18年
早春

 ルリ子生まれる。夏枝、避妊手術を受ける。啓造の父が過労で倒れる。啓造、28にして病院の経営を継ぐ。経営は戦争化のためすごぶる困難。

昭和19年
 村井、辻口医院にくる。北原、千島から引き上げる
昭和20年
終戦直前

 佐石、旭川に定住、コトと結婚。

08/15

 太平洋戦争終戦。恵子の夫が帰ってくるころ、恵子の妊娠が発覚。高木に相談し、高木の知り合いの産院の離れにこっそりと5ヶ月ほど預かってもらうこととなる。

昭和21年
日時不明

 この年(もしかすると昭和22年)から、由香子は辻口病院に勤務するようになる。事務長に連れられて啓造のところに挨拶すると、啓造が由香子の境遇を哀れんで給料を増すように命じる。由香子は啓造の態度が身にしみて啓造に対して「院長ほどやさしい立派な人間はいない」「初めから好きになった」と村井に言う。

2月

 夏枝村井に目を見てもらう。これを機に、村井夏枝に魅了される。

2月下旬から3月上旬

 夏枝の通院が終わる。

4月末から6月末までの間。

 村井のもとに由香子が訪れて詰問。村井は由香子を凌辱する。

5月中旬

 中川光夫、心臓マヒで死亡。

6月

 陽子産まれる。

 中旬に村井夏枝に夏枝の子供たちを「呪いたい存在」だと告げて、思いを告げる。

07/01

 佐石の内縁の妻・コト、女児(※『続氷点』で登場する相沢純子)出産と同時に死亡か。

07/21
 
 「は全くない。東の空に入道雲が、高くに輝やいて、つくりつけたように動かない。ストローブ松の林のが、くっきりと地に濃く短かった。その影が生あるもののように、くろぐろと不気味に息づいて見える。
 旭川市郊外、神楽町のこの松林のすぐ傍らに、和、洋館から成る辻口病院長邸が、ひっそりと建っていた。近所には、かぞえるほどの家もない。
 遠くで祭りの五段雷が鳴った。昭和二十一年七月二十一日、夏祭りのひる下がりである。」

 昼下がり夏枝村井と密会。14:00、ルリ子家を出て行方不明になる。啓造、帰宅予定を一日早めて出張先から帰宅、夏枝に疑惑を抱く。17:30になってもルリ子帰らず。19:00すぎ、村井から電話、啓造、夏枝村井との関係に疑惑の念を強める。直後、警察にルリ子のことで届を出すと共に、手分けをしてルリ子を探す。

 ※小説の冒頭部分。

07/22

 03:00過ぎ、一同で見本林、近所一帯、町に至る道筋などを捜索するが、ルリ子が見つからないため帰宅。05:00、近くの特定郵便局長によってルリ子発見される。06:05以前に警察に通報。

7月末

 ルリ子葬式後、夏枝、神経衰弱から寝込む、一時入院。辰子、札幌喫茶店ニシムラ高木に会い、ルリ子殺人犯の娘が髙木が関係している乳児院に預けられていることを知る。

(このころ前後して、恵子の夫が復員するという電報が入ったか。中川は陽子を引き取るといっていたが、陽子が生まれる半月前に死亡したため、やむなく、陽子は孤児院に預けられたと思われる)

  ※啓造が『氷点』のモチーフのひとつである「汝の敵を愛せよ」ということばを学生時代からずっと課題にしていたことが高木と辰子との会話の中で伺える。

08/02

 朝、佐石が泊まっていた宿いさみ屋の主人から佐石は不審人物として通報される。15:00過ぎ、札幌市内にて佐石が逮捕される。犯行自供後、佐石は獄中自殺。啓造に警察から電話にてこのことが啓造に告げられる。

08/09?

 夕方に辰子、啓造宅を訪問。佐石の娘の行方を啓造に告げる。啓造、辰子との会話の中に出てくる「汝の敵を愛せよ」という聖書の文句によって佐石の娘を引き取ろうかと思いつく。

8月中旬

 8月中旬に夏枝退院か。同じ頃啓造、村井から結核だと告白される。

08/31

 高木村井を見舞う。晩、啓造、夏枝村井のことを話す。このとき、夏枝、養女がほしいと啓造に懇願。そののち、啓造は徹と散歩に出て、昔の自分を省みる。あらためて佐石の娘を引き取ろうと考える。同じ頃、高木が啓造宅を訪問。夏枝高木もう子供が産めないを告白し、養女を懇願。啓造は21:00近くに帰宅、高木と飲む。犯人の娘を引き取ろうか思案中だと告白。

09/21

 村井、辻口家を訪問。次の日に洞爺に立つことを報告。村井夏枝に首筋に口付けをしただけで帰る。啓造、夏枝の首筋にキスマークを発見、殺人犯の娘を引き取る決意を固める。

09/22

 啓造、高木の元へ札幌へ行く。このとき、村井喀血のために洞爺への出発を延期したことを高木から聞く。啓造、高木に佐石の娘を養女に欲しいと伝える。議論の末、高木は啓造の希望どおりにすると約束する。19:00過ぎ、夏枝が札幌へ到着。21:00ごろ、夏枝は札幌にしばらく滞在する旨を伝える。啓造は夏枝の心境が理解できないまま別れる。

10/16

 辰子、啓造宅を訪問。赤ん坊のことを話す。その晩、辰子は啓造宅に泊まる。

10/26ごろ

 夏枝、旭川に戻る。啓造、陽子に夢中で自分を省みない夏枝に苛立つ。晩、啓造は陽子の生年月日のことを夏枝からたずねられるが、このときまだ出生届を出していない。

10/27

 啓造、陽子の籍を入れる。村井はこの日以降に洞爺に旅立ったかと思われる

昭和23年
 辰子宅で、太宰治の通夜をする。
昭和24年
 夏枝、3歳にならない陽子が字を読めることに感嘆。
10/27

 陽子、3歳の誕生日。徹が夕食の後「大きくなったら、陽子ちゃんはぼくのおよめさんだよ」と言う。「夏枝は青年になった徹が、再び陽子に同じ言葉を母の自分に告げる日が来るかも知れない」と思うが、啓造は激怒して徹を殴る。そしてこのときから、啓造は陽子の出生の秘密がばれることを恐れるようになるとともに、守秘への決意を強くする。

昭和27(1952)年
 啓造夫妻、陽子の小学校を旭川学芸大学付属小学校にするか、近所の神楽(かぐら)小学校にするかで口論になる。夏枝は前者、啓造は後者を押す。夏枝は「あなたは陽子ちゃんを大そうだいじにしてくれますものね」という。
昭和28(1953)年
07/21

 ルリ子の七回忌。陽子はお祭りだと思ってはしゃぐが、その姿を見て夏枝は泣く。陽子、徹の口によってルリ子が殺されて死んだことをはじめて知る。徹はルリ子や犯人のこと、人が死んだらどうなるかを考える。その間陽子は花をつんでくる。徹と陽子は二人でルリ子の墓を作り、拝む。ルリ子が必ず生き返ると思っている陽子を見て、殺されたルリ子の分まで陽子をかわいがる決意をする徹。

07/22

 徹、ルリ子の七回忌のことを文章にする。この文章は卒業文集に「殺された妹」という題で収録される。

 啓造一家、家族で支笏湖に遊びにくる。夏枝、啓造が陽子をかわいがらないことを陽子の小学校入学の件を例にして皮肉を言う。支笏湖観光前夜、啓造は高木から村井が死にかけた旨を聞いたことを夏枝に伝える。

 このころ、女中の次子が結婚し、辻口家の女中を辞めるが近所に住むため、以後も辻口家に出入りする。

12月はじめ

 高木斜里からの帰りに啓造の元を訪問。院長室での会話の後、夏枝たちに会いに行く。夏枝高木に陽子の本当の親は誰か問うが、高木は口を閉ざす。啓造は訪問の際に高木に己の苦悩を打ちあけたく思うが出来にかった。だが、告白の衝動をこらえきれずに手紙をしたためる。

 高木訪問から2,3日後。陽子、同級生から石を投げつけられたときのあざを隠していたことが夏枝たちに発覚するが、以前折り紙をくれた同級生のやさしさを思い、そのことを黙っていたと言う。夏枝は感嘆するが、啓造は佐石のことを思いあくまでも冷淡である。その夜、啓造は書斎で佐石の顔写真を見るが、陽子はやはり佐石にそっくりだとあらためて思う。

12月中旬

 夏枝、掃除の最中、偶然の出来事から陽子出生の秘密を知り、衝撃を受けるとともに、「いつか身も心も辻口をうらぎってみせるのだわ」と呟く。帰宅した陽子を見て衝撃から発作的に首をしめる。陽子がワッと泣いたのを機に、夏枝は手を離し、ふたりで泣きじゃくる。15:00過ぎ、陽子、ランドセルを背負ったまま家を出る。夕方17:00ごろ、啓造が帰宅。陽子からの出迎えがないことを機に自分の冷たさを内省。徹が陽子の不在を発見するが、17:30になっても陽子を心配して探しに行こうとしない両親に徹が陽子の出生に対して初めて疑惑の念を抱いていることを口にする。一方、陽子は辰子の家を訪問。21:00過ぎ、辰子宅に夏枝から電話がある。電話を切った後、夏枝ははらただしい気分で一夜を過ごす。

※ここから陽子の受難とも言える日々が始まる。また、徹が陽子出生の秘密に関して疑惑を口にすると共にただ一人陽子にやさしく接することも注目。また、辰子の目を通して夏枝の姿が描かれることによって一層陽子の受難が強調される。

 次の日、辰子は陽子の態度に不安を抱く。辰子は陽子に少々のことは我慢するように諭し、07:00過ぎに陽子を家に送る。啓造は夏枝が陽子が出生の秘密を知ったなどと夢想だににしない。高木が啓造の元を訪問し、春に村井が退院すると告げる。

昭和29(1954)年
2月上旬

 啓造、夏枝村井が4月から再び辻口医院で勤務することになったことを告げる。次の日、陽子は学校行事のひなまつりのために白い服がいると夏枝に告げるが、啓造への復讐心に燃える夏枝に白い服を作る気はさらさらない。

※復讐にはむなしさしか残らないことが夏枝本人が自覚しない涙に現れている。

03/02(火)

 学校から帰った徹が学芸会前日にもかかわらず周囲の児童とは異なって陽子が衣装を着ていないことを述べて夏枝に問いただす。夏枝はとっさに嘘をつくが、嘘がばれても逃げ口上を用意しておくのを忘れていない。何も知らない徹は陽子を喜ばせたい一心で自転車で自宅から4キロも離れた旭川駅前のアサヒ・ビルに向かうが、当然のことだが服は出来ていない。帰る途中、徹はあやうく車にはねられそうになり、夏枝の腹立たしさを募らせて家に着く。徹は夏枝を問いただすが、もちろん夏枝はここでもさらに嘘を重ねる。

03/03(水)

 学芸会当日。陽子は赤い服を着て学校に向かう。陽子の事を気にする徹は陽子の担任にあやまるが、赤い服を着たことが逆に陽子の愛らしさを際立たせる。同級生たちが陽子のことを「めんこい」とひそひそといっていることに得意になっていた徹だが、六年生の女生徒たちのささやきによって陽子がもらい子であることをはっきりと知る。放課後、徹と陽子は辰子と共に岐路につくが、辰子は徹が口にした「僕がもらい子だったら……」ということばによって辻口家に潜む危機を感じ取る。

 夏枝はルリ子のために買った雛人形を陽子のために飾るのが口惜しくて、以後雛人形を飾らなくなる。

4月11(もしくは18)日(土)

 徹は中学生になり、陽子は小学2年生になる。徹は中学校の教科書に興味をもち、毎日部屋にこもって勉強する。夏枝村井との再会に備えて肌の手入れを怠らないほか、ひそかに着物から下着にいたるまで新しいものをそろえる。19:30、啓造、村井が旭川に帰ってくることを夏枝に告げる。啓造は夏枝村井のことがなければ陽子はどうなっていたのかと思いをめぐらせる。20:00陽子、自分の部屋に行って就寝。啓造、徹の部屋を訪れる。徹、啓造に陽子が養女だと問うとともに、夏枝への嫌悪感をもらす。啓造、徹の部屋で徹の卒業文集所収の文章「殺された妹」を見つけて読み、自責の念にかられるが、事の発端はなおも夏枝村井に原因があるとし、自分のエゴイズムを正当化する。

4月12(もしくは19)日(日)

 夏枝村井を出迎える。14:50村井旭川駅に到着。高木と共に村井は現れるがかつてとは違いすっかり薄汚くなった村井の姿に夏枝は落胆し、啓造はその姿を見逃さない。復職後、村井は風邪が原因で軽い腎臓炎にかかり2週間ほど休むが、夏枝は冷たいことを言い何の同情を示さない。その一方でどうも元気がない夏枝であった。

 前川正死去。

9月中旬

 昼食の時、由香子が郵便物を渡すために院長室を訪問して村井の復帰に対して不満を漏らす。京都で学会の案内状が届き、啓造は元気のない夏枝からはなれたいという気持ちから学会に行きたいと考える。帰宅後、啓造は夏枝に学会のことを告げる。夏江もいっしょに行きたいという。啓造が鬱陶しく感じている夏枝の憂鬱の原因は誰にも言えない言葉をいだいていることから苦悩であることにあることに啓造は全く気がつかない。

 旅行に行くことを気に、夏枝にも活気が出て、家庭にも再び活気が戻る。啓造も夏枝との旅行を楽しみにするようになる。

09/24(木)

 夏枝、美容院に行く。16:30過ぎ、美容院を出て喫茶店ちろるに行くが、ちろるにて村井と再会。昔より渋みを増した村井夏枝はびっくりする。村井との会話を機に、夏枝は啓造との旅行を中止する。別れ際、村井は後日訪問する旨を告げるが、由香子の姿を発見して慌てて由香子を追う。夏枝の帰宅後、啓造もすぐに帰ってくる。夏枝、啓造に旅行を止めると告げ、啓造はむっとする。

09/25(土)

 午後。啓造、夏枝、徹、陽子に駅まで見送られて発つ。科学者(地質学者)になりたい徹は土をお土産にほしいとねだる。啓造、夏枝たちがホームに降りる姿をカメラに収めて旭川を発つ。

09/26(日) 洞爺丸事件

 本来ならば啓造はこの日の08:00に出発予定だったが、高木に会うために訪問日時を早めた。啓造は08:00に札幌を立ち、14:40の連絡船に乗る。旭川の午後は雨が降っている。夏枝はそわそわしながら村井を待つが訪問はもちろん電話もない。夕方、啓造はなかなかでない船に不安を感じるが、やっと船が出る。客の一人からおにぎりをもらう。19:30、村井から電話がある。村井は急患で自宅に訪問できなかった旨をわび、27日夕方に訪問する旨を伝える。夏枝はいつもより早く眠る。(21:30過ぎか)台風のため構内に仮泊するというアナウンスが流れるとともに、急患が出たというアナウンスが流れる。啓造、急患を診る。21:50? 啓造、不安から服を着込み、胃痙攣の患者にも服を着るように言う。船内放送が流れ、救命具が提供される。船が傾く。22:26第4便洞爺丸座礁、啓造たちは海に投げ出される。宣教師が娘に救命具を譲る。22:36SOSの無線入電、22:42通信が途絶える。

09/27(月)

 01:00すぎ、夏枝は風の音で目を覚まし、電灯をつけるが嵐でつかない。夏枝は陽子を1階に下ろす。徹がラジオを2階から持ってきて聞く。洞爺丸の乗客百数十名が上磯町七重浜に死体となって発見された胸がラジオで流れる。病院の関係者が辻口家を訪問。村井も来るが、夏枝は気を失う。村井はこの日の訪問予定だった。

10/11(月)

 啓造、函館での療養生活の後、汽車にて旭川へ戻る。

10/13(水)ごろ

 啓造、病院で働き始める。

10/16(土)

 旭川に戻って5日後の夕方。啓造、啓造が旅行中に夏枝の元に訪問する予定だったことを知る。前川正のことを回想。啓造、富貴堂書店で聖書を買う。啓造が戻ると陽子が啓造の帰りが遅いので心配して門の前で待っていた。啓造ははずみで陽子の頬を殴ってしまう。

10/17(日)

 午後、夏枝は返礼へ。徹は市立図書館へ。啓造は昼ごろまで眠る。償いをかねて陽子と一緒に遊ぶ啓造。しかし、啓造は無心になれず嫌悪感を抱く。「愛する」ということは一体何かを考えるうちに、啓造の考えは洞爺丸で出会った宣教師の行為にいたる。高木、啓造を訪問。啓造は陽子の出自を問い、高木の怒りを買う。続いて、村井も啓造を訪問。高木村井に見合い話を持ちかける。啓造が由香子のことを口にすると、村井は「松崎ってのは、院長に真剣なんですよ」と逆に切り返す。ほどなく夏枝が帰宅し、高木村井の結婚することを夏枝に述べる。夏枝は頬を赤らめるが、その表情はそれぞれの胸に波紋を引き起こす。

昭和30(1955)年
4月末

 徹にねだられて、テレビを購入。啓造夫妻が村井の仲人に決定。啓造の元に由香子から電話。「院長の子供を産みたい」と述べるが、啓造はむげなく受話器を置く。

日時不明

 啓造、事務局を覗く。由香子の欠勤が続く。啓造は偶然、村井と由香子の噂を小耳に挟む。

日時不明。村井の挙式10日前(土曜日の午後)

 由香子、村井宅を訪問。村井と再度関係を持ってしまう。夏枝、午後から村井の家を訪問。

日時不明(日曜日)

 由香子失踪。

6月

 村井の挙式。

日時不明

 由香子の元を訪れた事務長は由香子の失踪を発見する。

日時不明

 事務長は啓造に由香子の失踪を報告する。

日時不明

 村井咲子、啓造宅に挨拶にくる。

日時不明。(村井夫妻が挨拶に着てから10日以内)

 泥酔した村井、啓造宅を訪問。夏枝に由香子が啓造に慕情を抱いていたこと、洞爺に行く半年前に由香子を犯し、以後由香子と何度も関係を持ったことなどをいい散らかす。

12月ごろ

 由香子が失踪して半年がたつ。啓造はいつのまにか由香子のことを考えている自分に気がつく。一方、夏枝村井の告白に二重も三重にも傷つき、村井への憎しみが陽子へと向かい始める。

昭和31年(1956)
3学期のある土曜日

 陽子、給食費の催促をするが、夏枝は渡さない。夏枝の冷たさが身にしみ始める。学校で教師に注意された陽子は放課後、辰子の家に行き、家の掃除をして給食費の380円をもらう。16:00過ぎ帰宅。辰子は夏枝にお金のことを話し、やんわりとたしなめる。ちょうどそのとき、陽子が部屋に入ってきたので夏枝は辰子の手前、陽子の行動を注意するが、陽子は働きたいと宣言。啓造と徹は反対しないが、世間体を気にする夏枝は反対する。辰子は本音で物が言えない辻口家の空気を感じ取り、黙って家族の言い合いを見守る。

5月

 陽子、牛乳配達をはじめる。啓造は陽子の自立心が強いのが気になる。この日の午後(?)、啓造は村井と話す時間を得るが、村井は由香子の話をするとともに高木が独身なのは夏枝に未練があるからだとほのめかす。ちょうどそのころ辰子がやってくる。辰子は啓造に「人に言えない秘密」の話として、自分の過去を話す。啓造は陽子を思い浮かべる。

(不明)

 北原、10日間、毎日斜里岳にのぼり、千島を眺める。

8月ごろ

 陽子、同級生のケイ子(鉄工所の娘)から、陽子が牛乳配達をしているのは「人に誉められたいからだ」と母が言っていたと言われる。この件によって、陽子は生まれて初めてこの世には「誤解」があることを知る。

昭和32年
 冬休みのある日(恐らく1月ごろ)。

 吹雪の朝、陽子はいつもどおり牛乳屋に向かう。しかし、吹雪がひどいために配達は中止になる。陽子は牛乳屋の夫妻の会話から、自分がもらい子だと知ったことを機に牛乳屋を止める決心をする。9時過ぎ夏枝は心配で帰ってきた陽子を抱きしめる。陽子はこのことを機に本当の母に会ったときには「いい子だねって、ほめてもらえるように、うんといい子になるわ」と決意する。

吹雪の次の日。

 陽子、牛乳配達を止める。このころから、徹は次第に陽子を異性として意識し、口を利かないようになる。

ある夜(土曜日)

 茶の間にいた徹に陽子が話し掛ける。すると、徹は身をかわし、陽子は危なく倒れかける。徹は顔を赤らめて二階にあがってしまう。啓造は動揺する。

日曜日

 徹は市立図書館に出かけ、陽子は伊の沢スキー場へ出かける。午後、啓造夫妻は徹の異変について話す。口論の末、夏枝は陽子の出自を啓造に問いただし、「そんなに私が憎いのですか」と詰め寄る。そして、啓造は自分の嫉妬が事実ではなく妄想だったことを知る、つまり、夏枝村井は何もなかったのである。一方、夏枝は啓造にルリ子殺しの犯人だと罵られて愕然となる。おりしもそのとき、徹が帰ってきて、陽子が引き取られたいきさつの一切が明らかになる。徹は陽子と結婚する決意を表明する。

月曜日

 徹、自分の部屋に両親が入室するのを禁じる。

ある日

 啓造、徹のことで学校から呼び出しの手紙がくる。啓造は徹のことで「復讐しようとして、一番復讐されたのは自分自身ではなかったか」と恐怖を感じる。啓造は聖書の言葉を思い出そうとするが何も思い出せない。

呼び出しの日(1月末?)

 夏枝が学校に向かう。3学期の試験で徹は期末テストの試験をすべて白紙で出した。啓造は夏枝からこのことを聞いて徹に対する自信を失う。家の中は次第に暗くなっていくが、陽子だけは明るく振舞う。徹は陽子とだけ口をきくので、啓造も夏枝も陽子を通して徹と会話をするようになる。

3月中旬

 徹、高校入試でも答案を白紙提出して高校入試に落ちる。徹は高校を落ちるという形で両親の過去を陽子に対して詫びずにいられなかったのだ。

4月以降

 啓造たちの落胆を見ることで徹の心は和み、部屋の入出禁止を取りやめる。徹は陽子を連れてあちこちに出かけるようになり、辰子の元にも顔を出すようになる。夏枝は徹の眼が怖くて陽子にやさしくする一方で、陽子との結婚を宣言した徹の言葉におびえる。夏枝は陽子にいつかかならず真実を伝える決意をする。(啓造、聖書を読みようになる)

昭和33年(1959)
3月

徹、道立旭川西高校に合格、

4月

 徹、高校入学。

5月

 徹、母の日に夏枝にブローチを送る。

昭和35年(1960)
 このころから、夏枝は啓造とのセックスに対して積極的になる。
昭和36年(1961)
4月

 徹、啓造の後をついで医者になるために北海道大学に入学し、札幌へ行く。辻口家は妙に陰気になる。 

夏の土曜日の午後

 啓造、デッキチェアで眠る陽子の姿態に魅了され目が離せなかった。啓造はひそかにこの日の陽子の姿を楽しむこともあった。

昭和37年(1962)
3月のある日

 陽子、夏枝に総代になることを告げる。夏枝は笑顔を見せるものの、口惜しさを感じる。夕食時に夏枝は啓造に子のことを告げる。よろこぶ啓造が陽子を見る眼に一瞬不安をかんじる夏枝。また、啓造も陽子の美しさにとらわれる自分のいやらしさを感じるようになる。夏枝は機嫌のよいそぶりを見せつつも、絶対に答辞を読ませないように策を練る。

3月20日

 卒業式当日。夏枝、年の衰えを感じ、陽子の若さと美しさを意識するが、42歳の自分と15歳の陽子とを比較する滑稽さに気がつかない。陽子は白紙で摩り替えられた答辞に呆然となるがとっさの機転で難を乗り換え、人々は陽子のけなげさに拍手を送る。夏枝は惨めな気分に教われて家に帰るが、一方、陽子も犯人が夏枝の仕業だと感じて己の出自に疑問を抱く。だが、考えを突き詰めることはしない。

4月

 陽子は高校1年、徹は北大2年になる。

月日不明

 陽子、高校の美術教師の黒江にモデルにならないかといわれる。啓造の反対でモデルになる件は中止になったが、辰子の茶の間で陽子の美しさが話題にのぼるようになる。

6月のある日の夕食後

 陽子の美しさが立つこの茶の間の話題に上るようになったことに不快を感じる夏枝は陽子に辰子の家に行くことをと反対する。陽子は辰子の家に行かなくなるが、このことによって陽子は「辰子のそばにいると満ち足りていた感情」を失い、時折自分の産みの親を想像するようになる。陽子は「かけがえのない存在」というものを考えるようになる。陽子は徹が自分への恋情(=陽子を「かけがえのないもの」と思っていること)に気づき始め、徹が陽子に恋情をあらわにした日がきたら家を出て行く日なのだと考えるようになる。

夏休み前

 徹から北原の訪問を告げる葉書がくる。夏枝は訪問を嫌がり、陽子はなぜ北原が自宅に来るのかわからないが、気重そうな夏枝の様子を見て、北原と徹を気の毒がる。

7月暑い日曜の午後(おそらく22日)

 陽子、見本林で『嵐が丘』を読む。そこに北原が登場し、四つのときに千島から引きあげたこと、毎年斜里岳に上って千島のほうを眺めることをいう。1時間ほど会話をした後、徹が北原を探しにやってくる。「紹介されなくても、一目で陽子さんとわかったよ」という言葉に徹はかすかな苦渋を感じる。北原は「何かがたえず燃えているような、それでいて人の心を吸い取るようなふかぶかとした」目を持ち、本を読むときの陽子の顔に「力がみなぎっていた。何ものかに精一杯向かっている張り詰めた美しさがあった。なようなよとした感じはなかった。こびもなかった。命そのものが息づいていうような美しさ」がある点によって一目で捕らえられる。

 夕食後、徹と夏枝は北原を旭川を車で案内する。夏枝の様子に不快感をしめす陽子は3人を見送った後、空を眺め、風呂をたく。21時ごろ、啓造帰宅か。このころから、啓造の仕事が忙しくなる。

次の日(月曜日、23日か?)

 夏枝が白がすりで北原の浴衣をこしらえる。徹のまだ手を通さない浴衣があるので陽子は夏枝を不審に思う。

火曜日(もしくは水曜日)の午後

 陽子、友人の家に出かける。帰宅後、うたた寝をしている徹のそばで北原が夏枝の肩をもんでいるのを見る。夏枝が北原の手に自分の手を重ねたことにこだわる陽子。北原は陽子に、小さいころに母親に死なれたので、肩もみをして親孝行の真似事をしてみたかったと語る。夏枝、北原を散歩に誘い、二人でくるみ林に出かける。二人っきりになったとき徹は明日徹、北原、陽子の3人で層雲峡に行こうと陽子を誘うが陽子は拒む。徹は陽子の出生を知って以来、陽子を幸福にするのは自分しかいないと思っていたが、年とともに考えが変わり、同室にいる気心知れた北原に「自分が陽子と結婚できないならば、北原に陽子を託そう」と青年らしいせっかちで北原と陽子を引き合わせたのだった。

北原が札幌に帰る前の日の昼ご飯の後(7月29日ごろ)

 陽子、台所で茶碗を洗う。そこに北原がやってきて、散歩に誘うが陽子は黙ってガスの焔を見たままである。そこに夏枝が散歩に誘いに来たので、陽子は自分に戻る。陽子は北原に対して思いのままに振舞えない自分に嫌悪を抱く。

 徹はこの日の晩は徹、北原、陽子の3人で夕食を高砂台でとる予定だったが、夏枝も来ると言い出した。徹は啓造のことを口にするが、夏枝はここのところ啓造の仕事が忙しいので、どうせ9時過ぎにしか帰らないだろうと言う。啓造を気の毒に思う陽子。徹は夏枝の行動に不可解さを感じるが、自分と同じ年頃の北原に夏枝が心惹かれるなど想像すらできなかった。4人はレストハウスジンギスカン鍋をつつく。食事の後、北原は陽子に「手紙を差し上げてもいいですか」という。

そのころ、啓造は定時の5時に病院を出て陽子のためにチョコレートを買って帰ったが、家には当然誰もいない。夏枝の書き置きを見た啓造は急に癇に障り、ビールを飲み始める一方で村井夏枝とのことや、40を過ぎて夏枝の性格が変わってきたかのように思って不安になる。そこに辰子がやってくる。辰子は陽子が6月ぐらいからぱったりこなくなったことをいうとともに、高校卒業後、陽子をどうするのか質問してくる。陽子は就職を希望しているが、教師の沼田が惜しがっていることをはなし、辰子は自分の手元に陽子がほしいと告げる。啓造は徹とのことがあるので、卒業とともに陽子を結婚させたがっているがそのことは言えない。

啓造は何となく夏枝と顔を合わせるのがいやで、早めに床に着く。21:00ごろ、陽子たちが帰宅。茶の間で楽しい笑い声がするので啓造は目がさえてしまった。そのとき、北原が陽子に手紙を出すことを約束しているのを聞いて、自分の嫉妬心をこっけいに思う。

7月末から8月1日か2日?

 北原がかえって3日後

 朝食後、徹はカロッサの『美しき惑いの年』を翻訳している。小さい頃は広々とした馬鈴薯畑だったが、窓からの眺めに、随分家が立ったことを感じる。草むしりをする陽子を見て、自分の妻として陽子がこのように草むしりをするのを想像したが、一方で自分の気持ちをあきらめなければいけないこと、そうなると陽子や北原に陽子の出生のことを打ち明けなくてはいけないことなどを考えてぞっとする。

 郵便配達人から、陽子は北原からの手紙を受け取る。徹はその姿を見て声をかけるが、胸苦しさと寂しさを覚える。一方、陽子は北原の手紙の中にかかれている「大いなるものの意志」という言葉に共感するとともに最後の「一行ほど、紙が破れそうになるまで字を消したところがあった」のが気になる。夏枝は北原の手紙を没収する。

8月24日

 正木の退院1週間前?。

 啓造、復職や退院の日が決まっても浮かない正木を院長室に読んで話を聞く。正木は「ぼくはこのごろゆううつで仕方がないんです。こうして自分が二年間休んだって、銀行はちっとも困りませんでした。そればかりじゃなく、ぼくが休んでいる間に市内だけでも支店が二つもふえて繁盛しているんですからね。ぼくが休もうが休むまいが同じなんですよ。つまりぼくの存在価値はゼロなんです。そんな自分が職場に帰って何の喜びがあるものですか」という正木の言い分を贅沢だといって取り合わない。

 8月末

 徹は友人から自動車を借りて層雲峡のアイヌの火祭りを見に行こうと夏枝と陽子を誘う。徹が大学に帰るときに一緒に札幌に出て、北原に会いたいと思っている夏枝は誘いを断り、徹・陽子二人で行くこととなる。

 二人は車で旭川を出て、永山村、上川の町を過ぎて層雲峡に着く。

 夕食後、火祭りを見に行くが陽子はアイヌが見世物になることに強い抵抗を感じて徹に帰りたいという。二人は結局帰らずに花火を見るが、そばにいた50近い松葉杖をついていた男のつぶやきによって陽子は戦争の恐ろしさを生まれてはじめて感じる。

 宿に帰った後、徹は陽子に風呂に入ることを勧める。二人きりになることに震える徹は(陽子は北原のものだ)と無理にも思い込もうとする。ちょうどそのとき陽子が帰ってくる。徹は陽子との血のつながりを自分に言い聞かせるために、陽子が赤ちゃんだったときの話を始めるが、陽子は徹に自分がもらわれてきたことは小学校4年生の冬から知っていのだと告白し、徹は愕然となる。

8月31日

 徹とともに、夏枝は札幌に立つ。夏枝は忙しくて旭川を訪問しなくなった髙木を訪問することを口実にして北原に会いに行く。

 徹が寮に北原を迎えに来て、コックドールというレストランで食事をした。夏枝は若々しくなまめいて見えた。とおるがタバコを買いに行って席をはずしているとき、夏枝は北原に「陽子がお好きですの?」といい北原は率直に「ええ、好きです」と言う。北原は夏枝から受け取った封筒を陽子からの返事だと思いながらビフテキを食べた。

 徹はレストランでビフテキを食べた後、用事があるため、二人と別れる。北原と夏枝は札幌に街を歩く。そのとき、夏枝は自分のことを名前で呼んでほしいと言うが、夏枝の姿になき母を見たかった北原は失望する。その後、喫茶店に入るが、ウエートレスが好奇心をあらわに二人を見るので夏枝は二人の関係は一体どのように見えるのかと北原に聞く北原は恋人に見られたいと思い、そう見えるといったら満足する夏枝をくだらないと思い、「何に見えたらご満足ですか」と厳しい語調で言う。北原は夏枝をさげすむような表情で眺めて中座した。「すべての異性は夏枝の美しさを賛美し、夏枝の意を迎えようとするものでなければならない」と思い込む夏枝は北原の言動に屈辱を感じる。

しかし、それは北原の書いた手紙であった。その後、しばらくは徹の顔を見るのも苦痛なくらい落ち込むが、一方では初めて会った日の陽子のことを思い出していた。

 日帰りだといって出かけた夏枝は20時になっても帰って来ないし、啓造もまだ戻らない。陽子は一人であることに不気味さを感じ、カミュの「ペスト」を読み始める。ちょうどそのとき、高木の元から電話があり、夏枝は明日の晩に帰る旨を、徹は何を話していいかわからない様子で「元気でな」と、高木は陽子が小学生のときからずっと会っていないから札幌に遊びにくるようにと告げる。

 22時過ぎ、啓造帰宅。患者が自殺したため、帰宅できなかったことなどを陽子に話す。啓造は正木の言い分が贅沢だと笑って取り合わなかったことや遺書に「結局人間は死ぬものなのだ。正木次郎をどうしても必要だといってくれる世界はどこにもないのに、うろうろ生きていくのは恥辱だ」と書いてあったことを陽子に話し、陽子は幾度も頷きながら啓造の話を聞いた。啓造は正木によって虚無感と絶望とを感じる。陽子は「正木さんって方も、誰かに強く愛されていたら、死ななかったと思うの」と語るが、啓造は陽子の言葉に陽子の孤独を感じ、啓造夫妻が一日も早く陽子にこの家を離れてほしいと願っていることを再度認識して、陽子が哀れになる。

 23:00ごろ、陽子に寝るように言った啓造は、次の日、陽子をドライブに連れて行こうと思う。

 ※北大の夏休みを7月20日ごろから8月31日までと仮定

9月1日

 啓造は陽子とともに旭川市内のアイヌ墓地を訪問する。啓造たちは「だけはまちがいなく公平に与えられている」ことを話すが、啓造は陽子が死よりも働いて生きていくことに心引かれる年代であることに気づきながらも、働きたいという陽子の言葉や、陽子が就職を希望していることに、陽子が出生に気がついているのではないかと不安に思う。

 辰子が陽子を養女にしたいといっていた旨を、夏枝に言うか言わないかで迷う啓造。啓造は夏枝の反応が気になるとしているが、本心はここ2,3年啓造に対する陽子のやさしさに慰めを感じていたからだった。啓造は久しく忘れていた「汝の敵を愛せよ」という言葉を思い出すとともに「時が解決するものは、本当の解決にならない」と思う。結局、辰子の言葉を伝えずぐずぐずとしているうちに年が過ぎた。
年末

 陽子、北原に年賀状を書く。北原の手紙が夏枝に没収されたまま帰ってこなかったため、旅先からきた手紙に返事がかけなかったからである。陽子は「あのお便りの消してあった後には、何が書かれてあったのでしょう」と書いて出す。

昭和38年(1963)
1月1日

 陽子、北原からの年賀状を心待ちにする。だが、夏枝と徹宛に来た年賀状は会ったものの、200枚ほどの年賀状の中に北原からの年賀状がないことに落胆する。陽子は自分が北原のどこに惹かれるのかわからぬまま、北原のことで一喜一憂する。

 陽子と徹は井の沢に初すべりにでかける。徹は陽子に北原から年賀状が来たかどうかを問い、北原から年賀状がきていないことを知っていくぶんほっとする。層雲峡に花火を見に行った夜に、陽子が徹は実の兄でないことを知っていることを知った徹は心が揺らぎ、陽子を幸福にできるのは自分一人だと思う。一方、陽子は徹からの質問に言いようのない寂しさを感じ、目から涙がこぼれる。

1月7日すぎ

 陽子、押し花を作り終えて辰子の家を訪問しようかと思う。バス停でバスを待っていると、陽子は北原に会い、喜びを隠さずに声をかける。北原は「ぼくは陽子さんにだけ会いに来たんです」といい、12:00少し前二人はホテルのグリルで食事をすることになった。

 カレーライスを食べながら、北原は手紙のことを話す。夏枝に渡した手紙が、北原につきかえされたと知り、返事に詰まるとする陽子。北原は夏休み最後の日のことを思い返す。会話の中でそれぞれの事情を知って安心した二人は誤解も解け、うちとける。陽子は斜里からの手紙の事を聞く。すると、北原は「〈陽子さんと会ったことに、大いなるものの意志を感じてもいいでしょうか〉と書いた」ことを告白して文通の約束を交わす。陽子は手紙の行方を尋ねるが、北原は(陽子からつき返されたとばかり思い込んでショックを受けたために)燃やしてしまったといといい、陽子は残念がる。北原は再び札幌での夏枝との会話を回想する。二人はからりとした内容の手紙のやり取りをはじめるが、時折北原から送られてくる分厚い封書は陽子に対する夏枝の憎しみを増す。また、徹は二人の文通によって陽子を独占したいという思いを募らせる。

 帰宅後、辰子の家に行っていなかった陽子を徹が咎める。陽子はいつもよりずっと明るく、徹は一体誰と会ったのだろうとあれこれ詮索する。徹は北原のことが浮かべるとともに、「陽子を誰の目にもふれさせたくない」と思った。あれこれ詮索する徹を夏枝は咎める。だが、心の中では自分が北原から受けた屈辱を思い返すと共に、その北原と陽子が付き合うことに更なる屈辱を感じていた。夏枝は陽子に腹ただしさを感じつつ誰と一緒だったかを聞くと陽子は「『斜陽』にひめごとを持っているのは大人のしるしと書いてあったの。陽子も大人になったのね。ノーコメントよ、お母さん」といって夏枝を驚かせる。 

日曜日の午後。(※ひな祭りが近いとあるので、2月20日もしくは27日ぐらいか)

 啓造、陽子の幼少を回想。手作りのプリンを差し出す夏枝に対してすまない思いを抱き、やさしく声をかけるものの、陽子に対する憎しみを増した夏枝には啓造のやさしさがわからない。ひな祭りが近づいてきたが、陽子の出生の秘密を知って以来、夏枝は陽子に対して口惜しさや憎しみを抱くようになり、雛人形を飾ることはなかった。啓造はよく気がつくようでいて、このことに気がつかない。

 夏枝は北原と陽子との交際を非難するが、啓造は徹と陽子との結婚を恐れて北原との交際を望む。とげのある夏枝の言葉に、啓造は陽子を辰子の養女にする話を持ち出すが、夏枝は辰子の財産を思って激怒するが、夏枝は陽子を辻口家から花嫁に出したいという。額面どおりに夏枝の言葉を取った啓造は、陽子を育てることがいかに困難だったかを思い、夏枝に対してかなわないという気持ちになる。

 啓造は書斎にこもり、「生きるとはなんぞ」と口に出し、退院前日に自殺した正木次郎洞爺丸事件のことを思い、己の生活を省みる。啓造は聖書を手にとって、ページをめくるうちに教会に行く決心が芽生える。時計を見ると16:00過ぎで、陽子が帰宅したらしく、声が聞こえる。

 夕食後、啓造は車を呼んで教会に行く。啓造は出かける先を聞く夏枝に対して口篭もる。途中、辰子につかまるが辰子は「説教の題は〈なくてはならぬもの〉と書いてあるわよ。入るんなら早くお入んなさい」など簡単な会話を済ませた後さっさと去ってしまう。啓造は説教の題に心惹かれたものの、結局教会に入ることなく帰宅する。

 ※正木が遺書に残した「正木次郎をどうしても必要だといってくれる世界はどこにもないのに、うろうろ生きていくのは恥辱だ」ということばが、啓造の身に迫ってくる。啓造は今まで生きてきた、あるいはこれから生きていく上で「いかに生きていくべきか」という問題を何も考えてこなかったことに気づき始める。また、学生時代に教会に通っていたことと、今教会に通うとしていることの決定的な差異に「いかに生きるべきか」という問いへの追及の有無があるのだが、啓造はそのことに気がついていない。

6月某日

 徹から、徹や北原の写真が送られてくる。夏枝は帰宅した陽子に写真を見せるが、陽子は北原と仲むつましげに写っている女性の存在にショックを受けて北原からきた手紙をすべて読み返しもせずに捨てたり焼いてしまう。

 ※夏枝の言葉に惑い、一方的に北原に裏切られたと思っている陽子。今まで、夏枝が悪く、陽子は全く悪くないと思いがちな読者に、北原と陽子との間に繰り返される誤解のエピソードは陽子も夏枝とそう大差のないことを気づかせる。

 7月20日以降(徹が夏休みのため)

 徹、旭川に戻る。北原が盲腸で病院に入院していることを聞き、陽子は北原に会いたくなるが、北原のことを許せない思いにかられた自分の心境に驚く。見本林で北原のことを思う陽子の前に、徹が現れる。二人は幼いころのように林の中を駆け回ったり、連想ゲームをして楽しいときをすごす。しばらくして徹が陽子の進路を問うと、陽子は営林局の職員になるつもりであることや、一生結婚しない旨を告げる。徹は死ぬまで家を出ないと答える陽子に対して、陽子はひょっとしたら自分と一緒にいたいと思っているのではないかと思うが、真相はつかめない。陽子と結婚したいと告げたく思うが、徹は口篭もって何も言えず、辰子が陽子を養女に望んでいる話をする。陽子は自分の知らないうちにそのようなやり取りが行われたのにショックを受けるが、辻口家から陽子を花嫁姿で出したいと夏枝が言っていたことを徹の口から聞いてうれしく思う。一方、徹はうれしがる陽子を見て手前勝手な考えを抱く。陽子は徹に親のことを問いただすが徹は知らない振りをする。そして自分の思いの丈を陽子に告げるが陽子はその思いを拒む。徹は陽子を得たいあまりに陽子の出生の秘密を打ち明けようとする自己の卑劣さに嫌悪する。

 ※陽子を独占したい徹、勝手な勘違いをしていることに気づかずに一方的に北原を憎んで許すことのできない自分の心理に戸惑う陽子、その陽子を憎むあまり心にもないことを言う夏枝、そして夏枝の心情を知らず無邪気に喜ぶ陽子、喜ぶ陽子をみて手前勝手な考えを抱く徹。このようなお互いの心のすれちいは、物語の結末にある「お互いに信頼し合いながらも、結局は高木も自分も相手を欺いていたのだ」と述懐する啓造の心境と共通するものである。北原と陽子との誤解は一見些細なようでいて、実は啓造と夏枝との間の誤解と同種のものであり、物語りの終盤に向けて実に重要な輻輳をなしている。

日にち不明

 3時過ぎ。啓造、陽子の夢を見て驚きのあまり目を覚ます。寝返りを打つ夏枝を見て啓造は夫婦というつながりについて考える。書斎の窓から陽子が散歩をするのを見て陽子が出生の秘密を知ったのではないかという疑惑を抱き、心配のあまりそっと陽子を迎えに行く。啓造は「秘密」の恐ろしさに身を振るわせ、自分の行為を省みる。そして、他人がやったことなら罵倒するに違いないのに、そのようなことをする自分をかわいく思う自分を不思議に思い、自己中心について思いあぐねる。

 ※(自己中心とは何だろう、これが罪のもとではないか)という啓造の言葉が端的に示すように、物語が終盤に向かうに従って三浦が描こうとした「原罪」が啓造の言葉によって具体的な形をもって現れてくる。

9月

 二学期が始まる。夏休みの間は、徹を避けるようになったり、北原とは遠ざかり、孤独を感じる陽子は学校が始まったことによって気もまぎれたが、仲のよい友人が進学コースにいるため話し合うこともなくなり、寂しさが募る。北原からは手紙が来なくなり、日曜日には郵便配達の時間が苦痛な一方で北原からの手紙を期待することでさみしさを忘れていた。一方夏枝は陽子の友人のもとに北原からの手紙が届いているのではないかという疑念を抱くとともに、北原から受けた屈辱を根にもつ夏枝は北原の悪口を陽子に言うことで晴らす。

冬休み(クリスマス前だから12月中旬か)

 徹は旭川に戻らず、札幌の療養所でアルバイトをすることにするという手紙をよこす。さみしがる夏枝に対して、啓造は自身にも同じ経験があるせいかあまり気にかけない。陽子も自分のせいで徹が家に帰れないのかと心配する。一方徹は陽子と自分が他人になるために帰らないことにしていた。

 陽子は淋しさになれてギリシャ語や数学(ユークリッドの幾何学)の勉強をする一方で北原のことが頭を掠め、ナナカマドの赤い実が雪をかぶった姿を見せてあげたいと思う自分を不思議に思う。このときの陽子は「北原さんは、わたしをうらぎったけれど、わたしはあの人をうらぎらなかった」という言葉にあるように、自分は正しいという思い込むことで淋しさを感じなかったのである。

12月21日

 陽子、夕食後に夏枝に頼まれて買い物に行く。洋品店を出ると北原と女性(=北原の妹・みちこ)が話をしながら雑踏の中を歩いているのに気づき、隠れる。陽子は北原を見失うが、電話中のみちこを発見し、思わず後ろに立ち止まってしまう。そのとき、会話の流れでみちこが北原の妹だと知り、自分の思い違いに呆然とする。陽子は書店(地理状況――四条の平和通り周辺――からすると旭川富貴堂か)に北原がいると知って書店に向かうが、北原を信じられなかった自分の情けなさに声をかけられず、隠れてしまう。

 北原はその後三条通りを左に曲がって三条食堂に入るが陽子には後を追っていく勇気がなかった。陽子は今になって徹が何の説明をつけずに写真を送ってきたのかその理由がわかるが、その考えをすぐに否定する。陽子は北原が食堂から出るのを待った後、再び後をつけると、そこにはみちこがいた。北原はみちこの買い物包みを持ち、駅に入った。

(帰宅後、北原への手紙を書いたか?)

12月24日(=北原への手紙を書いた3日後)

 陽子が雪はねをしていると、速達で北原からの手紙が届く。陽子が青ざめて弱々しく微笑したために夏枝は悪い便りだと決めつけて、やさしい言葉をかけて辰子の家へと向かった。陽子は北原の手紙を読んで北原という人間の大きさと誠実さに感動するとともに、クリスマス・イブの六時(=つまり今晩)に北原が訪問する旨を知ってそわそわする。

 17:30徹が帰宅。陽子は北原だとばかり思って玄関を開けたため幾分がっかりする。徹はうれしいそうに陽子に用意したプレゼントの話をするが、ブザーが鳴ったため陽子は「あら、北原さんよ」と言って顔を赤らめて玄関へと急ぐ。徹は陽子からは兄としてしか見てもらえない自分を自嘲し淋しさを感じるが、用意した指輪を手のひらにのせて、オパールを眺めるうちにもはや陽子を妹としてみることができなくなっていると思うのだった。

 陽子は北原に自分の誤解をわびるが、北原はあいこだと言う。しばらくしてお茶の用意に陽子が立とうとすると、北原は徹と陽子との間に血のつながりがないことを質問するが、陽子は兄としてでしか徹を見ることができないとはっきり宣言する。陽子は北原が来る前、陽子にプレゼントの中身を当てさせようとした徹の楽しそうな顔を思い出して茶の間に徹を呼びに行くが、徹は淋しい表情ですぐに行くといったので、陽子は再び応接間に戻る。北原は会話の中で大学院進学の希望を語るとともに「ゴールインまで長い年月があるわけですからね、誤解をしたりなんかしてはいられませんよ」と暗にプロポーズをするが、「結婚の約束も僕はしませんよ」「永遠を誓わない」とも言う。陽子は誓ってほしかったが誓わないことにこそ北原の誠実さがあるのだと思う。

 陽子は茶の間に徹を呼びに行くが、徹は茅ヶ崎の祖父のところに行った後だった。陽子は徹は疲れて眠ったのだと北原に言うが、北原は不自然さを感じたようだった。だまってピアノの話を持ち出すが、北原との会話の中でピアノの存在の不思議さに気がつく。

 北原は2日再び訪問すると告げて家を出るとほぼ同時に夏枝が戻る。夏枝は徹のことで陽子を叱る。啓造が帰宅すると、陽子は夏枝の前でうなだれていた。啓造は陽子を慰めるが、夏枝はこの件でいかに徹が陽子を愛しているかを知ってほっておけないと思う一方で、札幌の喫茶店でのことを屈辱だ感じているため、陽子に恨みと嫉妬の念を募らせる。

 ※物語終盤にむけて、各登場人物の思いが複雑な絡まり合うこの場面では、一見、夏枝の恨みと嫉妬を陽子に向ける場面が目に付く。そして、啓造のように陽子に同情しがちだが、夏枝の言うことは陽子への恨みを抜いても正論であり、咎められるべくはむしろ陽子であろう。つまり、陽子は徹の気持ちを完全に無視し、一度も省みることもなく、「兄」としての自分を愛することを強要しつづけているのだ。

昭和39年
元旦

 徹からの年賀状を読んでほっとする夏枝。年賀状には夏枝の手料理を恋しがったり20日までには帰るといった内容が書いてあり、「暗い影はどこにもなかった」。啓造が年始客に疲れて早く床に着いた後、夏枝は陽子に着物を買いに行くことを提案するが、陽子は北原との約束があるので断る。そのとき、陽子は腕を軽く抱くようにして夏枝を見たが、それは夏枝の一番嫌いなポーズであった。しかも北原のことが出てきたため、北原に対して深い屈辱を感じている夏枝はついに陽子の出生の秘密をぶちまける決心をする。この決心をすることで機嫌がよくなた夏枝は、陽子に北原の好物などを聞くが、夏枝の気分が急に変わったことに陽子は不安と不思議さを感じる。

 夏枝は陽子が去った後、去年の冬のことや、夏枝は自分だけが苦しんでいるようで腹ただしくなってくる。夏枝は徹にだけ恐れを抱くが、陽子の性格が決して告げ口をするような性格ではないと知っていたので安心して眠りにつく。

1月2日

 6:00 夏枝は風の音で目を覚ます。茶の間では同じように風の音で目を覚ましたのか、陽子がストーブをつけていた。啓造が目を覚まし、夏枝との会話の中で茅ヶ崎に陽子を連れて行くことを提案し、かたくなにこばむ夏枝に陽子の親のことを忘れるように諭す。夏枝は陽子への怒りをあらわにするが、話が漏れるのを恐れる啓造は部屋を出ようという。

 7:00 洗面を終えた啓造は茶の間に戻る。夏枝の言葉で北原が訪問する予定だと知り、啓造は徹がいないことを気の毒がるが夏枝が水をさす。陽子の年齢を尋ね、夏枝が啓造と婚約した年と陽子が同じ年にまで成長したことに感慨を深める啓造。開拓農家の未亡人新聞記事の話から「自殺」をめぐる話になるが、夏枝も陽子も自殺に対して否定的になる。啓造はふと、松崎由香子のことを思いだす。

 北原は風邪を引いて12日まで寝込んだため、結局陽子を訪問しなかった。

1月3日

村井、夫婦そろって年始に来る。

1月14日

 朝から穏やかな天気である。陽子、13:00からのクラス会に出かける。陽子が出かけて1時間ほどすると北原がやってくる。やさしい言葉をかける夏枝に北原は徹をうらやましく思うとともに、陽子との交際もきっと認めてくれるだろうと安心する。

 程なく陽子が戻ってくる、二人は互いにうれしさを隠さない。明るい声で恨み言を言う陽子を北原はくるむように見つめたり、にっこり笑い合う。夏枝は完全に無視されたような気がして皮肉な微笑を浮かべて二人をおにあいだと評する。二人ははにかむ。北原は今までは誤解しあっていたがやっと仲直りができたのだと、率直に陽子との交際を夏枝に宣言するが、夏枝は「誤解しあっていらっしゃるから、仲がよくいっているんじゃありません?」と皮肉な微笑を浮かべる。二人は夏枝に反発するが、夏枝も負けずに言い返す。そして自分から言いたくて陽子の出生の秘密を言ったのではないように巧妙に話を運んでついに陽子の出生の秘密を告げ、古新聞や啓造の日記を持ってくる。

 日が暮れかかっている。北原は古新聞や日記を見ても確かな証拠ではないと言い張り、逆に陽子が犯人の子であるならば、何故夏枝に内緒で引き取る必然性があったのかと詰め寄る。北原は自分の両親を信じる北原の心理を逆手にとって反撃に出るが、北原は高木に談判してはっきりした証拠を持ってくると言い張って、頑として夏枝の言うことを信じない。青ざめている陽子に北原は、たとい陽子が殺人犯の娘であっても逃げたりしないこと、殺人犯の娘ではないと信じるように、と言うが、陽子は小学1年のときに首をしめられたこと、答辞をすりかえられたことにどんな意味があったのかはっきりと知ったのだった。

 夏枝は「長いあいだ、わたくしはあなたのために、どんなに苦しんだか、わかりませんよ」と告げて部屋を出た。新聞を読む陽子の目に、ヒヤリとするものを感じた北原は陽子を抱きしめるが陽子はされるがまま「心配なさらないで。犯人の子でも、そうでなくても、とにかく同じことなのよ、北原さん」と言って淋しく笑う。

 16:00すぎ 北原、辻口家を出る。

 17:00過ぎ。冬休みのあいだの三度の食事の支度は陽子がしていたが、茶の間に顔を出さなかった。夏枝は陽子や北原の態度を思い出して陽子に子憎たらしさやしぶとさを感じ、啓造と二人分の食事を用意する。

 啓造が陽子のことを聞いたが、夏枝は離れの部屋に明かりが付いてるのを見ただけでさっさと戻ってきて、陽子は寝たことにする。啓造は陽子がいないと淋しいと漏らし、徹が帰ってくるのはいつかと聞いたりしながらおいしそうにご飯を食べる。

 徹、2,3日札幌でゆっくりしようと札幌に戻る。夜に到着。寮に戻るが寝つかれず、「何か不安であった」。

1月15日(成人の日)

14日晩から15日未明。

 陽子、3通の遺書(父母宛、徹宛、北原宛)を書き終え、外に出る。「黒いセーターに、黒いスラックスを着けて、オーバーを着た。今、死にに行くのにオーバーを着て暖かくしたいというのが、自分でも不思議だった」。

 見本林につく。「夜はすっかり明けていた」が、意外にてまどったため陽子の気はせいでいた。カラスの死骸を見て「淋しい」とつぶやく陽子。徹のかわらぬやさしさを思うと、陽子は徹に会いたくなる。
 ※
見本林は思い出深い場所である。徹と鬼ごっこをしたときのことを考えながら、自分がそのとき北原を愛していたのだと考えると徹の切なさがよくわかった。

 6:40ごろ(胃を洗滌した時間から逆算)

 林を抜け、ルリ子が殺されたと聞いていた美瑛川の川原につく。「雪を固くまるめて、それを川の流れにひたした。それを口に入れると同時にカルモチンをのんだ。いくども雪を川にひたしては、薬を飲んだ」。

 徹、旭川駅につく。車で自宅へと向かう。タクシーの中で時計を見ると7時10分であった。よその家の日の丸を見て、不安が消える徹。陽子に贈ろうとしたオパールの指輪の小箱を上衣のポケットに入れる。徹は淋しさを感じつつも、陽子の幸福を願い、「北原なら陽子を愛しつづけてくれるにちがいない」と、北原に陽子を託そうと考えるようになっていたのだ。

 8:00前

 徹、帰宅。茶の間には誰もいない。啓造たちの寝室に向かうと夏枝は起きていたようだった。陽子の部屋に向かうが、返事がない。ふいに動悸を感じ、ふすまを明ける。整頓されていた部屋の机の前に「白い角封筒が三つ並んでおいてある」。徹は自分宛の遺書を開く。大声で廊下をかけもどった徹に、啓造が声をかける。陽子の自殺を知った啓造と夏枝は部屋に向かう。徹は遺書をわしづかみにしたまま気を失いかけるが、啓造に殴られる。啓造は電話で看護婦を呼ぶ。

 8:40すぎ

 陽子の胃を洗滌。啓造、陽子の脈を取る。陽子の足元には看護婦が二人座っている。夏枝が入ってくる。辰子も一緒だ。何も言わない辰子。夏枝は「ぐったりとうなだれていた」が自分の体裁を考え。陽子を責める気持ちで一杯だった。

 しばらくして辰子は啓造にかきおきを尋ね、遺書を読む。「きびしい表情」で遺書を読み終えると、「長い指をそろえて瞼をおさえた。涙がつうとほおを伝って落ちた」。その様子を見て「はじめて悲しみがこみあげてきた」徹は退室しようとする。すると、玄関がさわがしくなり、辰子がそっと立っていくと、高木が立ちはだかった。啓造は「高木に何とどなられても仕方がない」と思うが、のめるようにすわって、両手をついた高木が「すまん。おれがわるかった」と謝罪する。

 高木の後ろから北原が入る。そして陽子に写真をつき出す。「これがあなたのおとうさんおかあさんだったのだ」という北原の持つ写真に映っていたのは、「陽子を三十歳代にしたような、陽子そっくりの女性と、眉の秀でた知的な和服姿の青年」であった。

 12:30

 高木、服毒時間や胃洗滌の時間を啓造に尋ねる。尿や脈の具合を問い、4時間も経つのに眠ったままの陽子に不安を感じる。啓造と高木は陽子の本当の父である中川光夫の話をする。そして、啓造が陽子を養女にした頃の話をし始める。うなだれる啓造。夏枝をかわいそうに思った高木は行き所のない陽子を育ててもらおうと思いついたことを告白。「信頼しあったことさえ、悲劇になることもある」とつぶやくが、結局は「自分も相手も欺いていたのだ」とぞっとする。

 夏枝は陽子にゆるしを請いながら、泣きすがる。ほどなく夏枝を辰子にかかえられて部屋を去る。深いため息をつく高木。裁かれるような気持ちで高木と北原に遺書を差し出す。

 (この間徹が陽子の脈を計っていたと思われる)

 陽子の脈を計る徹。啓造もじっと見守る。陽子の脈が少し微弱になる。遺書を読み終え、陽子の罪意識について話す北原と高木。北原は夏枝を責めるが、高木は「いつかは同じ罪意識を持つような人間だよ」という。それを聞きながら「陽子は罪の根本について悩んだのだ」と啓造は考え、自分がそこまで悩んだことがないことに気がつく。

 夕食時になっても陽子は昏睡からさめなかった。次第に誰もが無口になり、食卓の前でも黙然とうなだれるのみである。

1月18日

 陽子の生命は昏睡状態のまま保たれている。 

 夜明けすぎ

 北原と高木が眠りにつく。夏枝は二晩一睡もせずに陽子を看病していた。徹もときどきうつらうつらしながらも陽子のそばを離れない。辰子も目の下にくまができていた。弱気になる啓造の言葉に、徹の顔が「しわくちゃにゆがんだ」。そしてオパールの指輪を青白い手にはめてやる。啓造も思わず涙をこぼす。

 夜。

 夏枝も徹もうとうとしてはハッと目を覚ました。「しかし、陽子が死ぬかも知れぬという恐怖が、現実感を伴わずにふたたび眠りにひき入れられる」。北原と高木はやや元気である。啓造はふらふらになりながら陽子の枕元に座っている。「打つ手はすべて打った。これ以上何をしていいのか、精も根もつき果てた思いだった」。

 「今夜かな」とつぶやく啓造。辰子がお茶を運んできたとき、陽子の顔をなでる。看護婦が4時間ごとに肺炎予防のペニシリンを打った。そのとき陽子の顔がゆがむ。「微弱だが正確なプルス」に啓造と高木は「顔を見合わせて、静かにうなずいた」。そのとき、「ガラス戸ががたがたと鳴った。気がつくと林が風になっている。また吹雪になるのかも知れない」。(了)

※陽子が蘇生することをほのめかす結末である。結末の「ガラス戸ががたがたと鳴った。気がつくと林が風になっている。また吹雪になるのかも知れない」が冒頭文と対照を成していることにも注目。

※本文引用は角川文庫版『氷点』(上)(下)(昭和57年1月)による。

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